本当の事を書くと、僕は、中学を卒業して、自立するまで、空白の期間が、ある。
住所不定、無職だった、期間だ。
高校は、行きたかったけど、僕の成績で、行ける高校は、少なく、公立は、絶望的だった。
僕は、成績は悲惨、だった。
私立なら、行けたかも知れないけど、母が、学費を払えないのは、分かってたし、里親は、私立に行って良いと、言ったが、建て前なのは、分かってた。
本当の事を書くと、僕は、中学を卒業して、自立するまで、空白の期間が、ある。
住所不定、無職だった、期間だ。
高校は、行きたかったけど、僕の成績で、行ける高校は、少なく、公立は、絶望的だった。
僕は、成績は悲惨、だった。
私立なら、行けたかも知れないけど、母が、学費を払えないのは、分かってたし、里親は、私立に行って良いと、言ったが、建て前なのは、分かってた。
僕は、里親の家で、概ね、良い子だった。
反抗期らしい、反抗期は、無かった。
一度だけ、里母の前で、自傷した事はあるが、その一件以外、中二病的な馬鹿をやった記憶は、無い。
思春期の、葛藤や、心の揺れはあったが、自分一人で、処理した。
僕は、大人になる迄、本当の親を、許せなかった。
ある事情で、親を許す必要に迫られ、互いに体当たりで、距離を縮めたが、そうなる以前は、ビジネスライクな態度に、徹してた。
親権者の同意や、保証人が必要で、親に会う時は、冷淡な態度を、崩さなかった。
今思えば、親を「許す」と言う発想は、酷く傲慢で、不遜な考えだが、長い間、僕は、親を、許せず、棘を剥き出しに、してた。
僕は、怒りをぶつける方向を、間違えてた。
本来なら、里親に向ける怒りを、母親に、ぶつけてた。
僕は、大人になる迄、里親に虐待された、認識が、あまり無かった。
虐待された、認識を、持たずに、成長した。
虐待された、記憶の、多くを、忘れてた。
覚えてても、歪んだフィルタ越しに、覚えてた。
僕は、解離性障害が、ある。
この障害で、一番困るのは、記憶の欠落が、仕事や、社会生活に、支障を来す事だ。
僕は、幼少の頃から、里父と、不適切な関係を持ってたが、性的虐待とゆう表現は、実は、あまりピンと来ない。
里父は、僕を、殴ったりして、言う事を聞かせた事は、無かった。
酷く屈辱的な事だが、僕は、彼に、協力的だった。
これまた屈辱的な事だが、僕は、彼に、お小遣いを、貰ってた。
小さな頃は、貰ってなかったと思うが、少なくとも、中学時代は、お金を貰ってた。
多分、口止め料だろう。