里親が私に残した毒

gladiolus2009 による 7. グラジオラスの場合 への投稿 (7. グラジオラスの場合)
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2009-07-26 21:57:11 | グラジオラスの里親宅体験記

里親が私に残した毒を、見つめるようになった。

今まではそこに何か不具合があってギシギシ軋んでるのは気付いてるものの、
あえて目をそむけてた、というか、向き合わないようにしてたの。
未決のまま封印して、見て見ぬフリしてた問題。

その問題は、カビのように自分の中に深く根付いてるから、とりのぞくのは難しい。
それは里親の手によって植え付けられたモノだけど、
自分の一部と化して人格に深く絡みついている。

里親が私に植え付けたカビは、里親の支配下を脱出して何年もたった今でも
当時と変わらぬ毒を私に放ちつづけている。

もっとも有害な毒のひとつに、絶望的な「人間不信」がある。

人間が愛するのは自分の家族だけ。
人間が他人に関心を向けるのは、利用価値があるから。
人間が他人と付き合うのは、なにかしらの利益があるから。

頭では「決してそうじゃない」とわかってるの。
でも知識は頭の中で孤立して、自分のモノとして内面化できない。

条件付きの対人関係しか実感できないから、無条件の好意や愛情が信じられない。
自分に向けられた好意や愛情を信じることができない。
信じよう、信じようと自分に言い聞かせても、
せいぜい「信じてるフリをして相手に合わせる」のが関の山なの。

信じられないからといって、突っぱねることもできない。
私たちは「里子の悲しい習性」と呼んでるけど、
一般的には「奴隷根性」とでもいうのかしら?
相手の顔色を見て過度に迎合してしまう。
私との付き合いが相手に利益をもたらさないと申し訳ないというか。
相手にとっての「私の利用価値」が見えない人間関係に不安を覚えてしまう。
いっそ明らかに「搾取されてる関係」のほうが容易に「理解」できるの。

私はずっと良い子で、従順で、大人に逆らわず、迷惑をかけず、里親の心を機敏に読んで、
望まれるとおりに振る舞って、ひたすら里親宅の家事や家業をこなして、
彼らの「役に立つ存在」「利益をもたらす存在」でなければならなかった。
たとえ憎悪する里親であっても、少しでも好意をもってもらいたい、
好意をもってもらえなくても「役に立つ存在」であると認めてもらいたい、
そうしないと生きていけない。生きて来られなかったのよ。

里親の奴隷だった頃は、それでもよかったわ。
「里子の悲しい習性」のおかげで、生き抜いて来られたんだと思う。

でも、自立して社会に出てから、自分の「不具合」に気付く。
表面上は社会に適応してるように見えるけど、
真綿で首をしめられるような「生き難さ」に苦しむ。

里子としての処世術は、社会に出ると、まったく役に立たなかった。
里子として生き抜くために身につけた──いやがおうにも身につけさせられた習性──保身術は、
社会では自分の身を守るどころか、人生を生き難くしている。

里親による虐待・不適切養育、あるいは「条件付きの見せかけの愛情」は、
児童が自立した後も尚、一生涯に渡って被害を与えつづける。
里親に植え付けられたカビが引き起こす自家中毒に苦しめられる。

このブログを読む人の多くは、おそらく下のような疑問を持つと思うの。

「そんなヒドイことされたなら、どうして助けを求めなかったの?
学校に行ってたんでしょ? 監禁されてたわけじゃないんでしょ?
どうして逃げ出さなかったの?」

その疑問に対して、私は「里子の習性」だと答えておくわ。
大人を信じてないの。人間を信じてないの。
誰かに助けてもらえるなんて甘い期待を抱いてないの。
ただ目の前にある現実を受け入れて、自分の力で対処していくだけ。

また、里親による虐待に耐えかねて逃げ出しても、
児童相談所によって元の里親宅に戻された子を知ってるわ。
その子に待ってたのは、飲まず食わずの監禁刑だった。
その里親宅にいた他の里子たちへの見せしめもあったと思うけど、
夏休みで学校給食がないのに、3日間も食事を与えなかったのよ。

里親に虐待されてる里子が周囲の大人に助けを求めようものなら、
その子が「虚言癖のある問題児」になってしまうの。
そして、もっとヒドい虐待に耐えねばならなくなる。
そのことを、よく知ってるの。

それらを踏まえた上で、このブログをご高覧いただければ幸いですわ。

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コメント
  1. gladiolus2009 より:

    こんばんは (はるか)
    2009-07-27 01:27:57

    元里子です。
    「里子の悲しい習性」を読んで、私だけじゃないと知りました。
    私は虐待経験はありません。尊敬できる里親に、バランスの取れた愛情を注がれて育ちました。大学に行かせてもらい、措置終了後も卒業するまで一緒に暮らしました。
    里親に感謝しています。彼らがいなかったら今の私はないと思います。
    それでも、里親家庭は里子達の本当の家庭にはなり得ないんですよね。
    私を育ててくれた里親には、6才年上の実子がいました。彼らが、実子と私に分け隔てなく接しようと努力したのは認めます。並み大抵の努力ではなかったと思います。
    それでも、実子と里子は、歴然とした立場の違いがありました。それを常に意識しながら、育ちました。

    「良い子で、里親の心を読んで、望まれるとおりに振る舞って」の部分、激しく共感しました。
    実子が何か買って欲しいとひつこくねだったり、我儘言ったり悪さをして里親を困らせるのを傍目に見ながら、私は同じ事をしてはいけない立場と分かってました。厳しく自分を律してました。

    自立してから一度だけ、里親の家に《里帰り》した事があります。
    新しい里子が居ました。ホテルは何処と聞かれ、里親が宿代としてお金をくれました。
    愛情表現です。彼らの愛情は分かります。
    内心、泊まっていきなと言ってくれるのを期待してました。期待した私が馬鹿でした。本当の家族ではないと思い知らされただけでした。ここは私の帰る家ではないと思い知ったんです。

    先に述べましたが、私は里親を尊敬しており、感謝してます。彼らに巡り合い、育ててもらえた事は、恵まれてると思います。
    恵まれてるのに我儘言うなと批判されるのも解ってます。
    彼らは里親として、里子に与えられる最大限の愛情を注いでくれました。
    しかし、里親と里子と言う関係を超える事はなかった。本当の家族ではなかった。
    良い子にしてれば、いつか本当の家族になれると思ってた。
    その想いは、叶えられなかった。
    望んではいけない夢だった。望んだ私が馬鹿だったんです。

    とりとめないコメントで失礼します。元里子発のブログやHPがもっと増えると良いですね。陰ながら応援してます。頑張って下さいね。

    はるかさんへ (グラジオラス)
    2009-07-27 19:29:33

    はじめまして。
    たいへん興味深く拝見させていただきました。
    虐待の有無にかかわらず、元里子さんからのコメントは嬉しいです。

    はるかさんのコメントを読んで、考えてしまった。
    私を引き取った里親が、本当の親より遥かに尊敬に値する人間だったとしたら、
    私は本当の親を見限っていただろうか?
    本当の親を見限り、里親の家族になることを夢見ていただろうか、と・・・

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