里親の嘘と虚栄心

maron2009 による 6. マロンの場合 への投稿 (6. マロンの場合)
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私は、顔や体に傷や痣がある事が、珍しくありませんでした。
里親に強く掴まれる、物を投げ付けられる、殴られる、蹴られる、
その弾みで壁や家具にぶつかる、転倒する等、体罰の所為でした。

3、4年生の時の担任、N先生は、私を気に掛けていました。
顔や腕、外から見える部分が腫れていたり、傷や痣があると、
「その傷はどうしたの?」と質問を受けました。
手指の皮が剥けて、赤くなっている事に気付いて、
保湿クリームやオロナインを塗ってくれる事もありました。

約十年程前の出来事ですので、教育や医療の現場で、
児童虐待は、現在より問題視されていなかったと思います。
先生が、里親が私を大事にしていないと気付いている事は、
子供ながらに察知していました。

私は虐待を受けている事を、隠さなければなりませんでした。
先生の配慮を、煩わしく感じていました。

3年生の時、先生がB宅を訪問した事がありました。
先生が帰ってしまうと、里親は酷く不機嫌でした。
私は八つ当たりをされる事に怯え、里親の顔色を伺い、
彼らを刺激しないよう気を付けて、ビクビクしていました。

言動を慎重にして、家事を普段よりも用心深く、丁寧にしましたが、
難癖を付けられ、暴言を浴びせられ、手酷く折檻されました。
その様な経緯があり、私は先生に来て貰いたくありませんでした。

その後、先生は2回、B宅を訪れました。

女里親は堂々として、自信に満ちた話し方をする人でした。
人の前では生き生きとして、人を魅了する手管に長けていました。

「はきはきとした物言い」
「大らかで裏表のない人柄」
「男のような、さばさばした性格」
「気取らない下町風の母親」

それが、里親の対外的な評価でした。
彼女が、「子供は汚すのが仕事、着飾らせる必要はない」と主張すれば、
私のくたびれた服装も、愛情故の「教育上の信念」として通用しました。

私がよく怪我をしている事についても、
里親は言葉巧みに、先生や周囲の人々を納得させていました。

B宅に委託される以前の、私の生い立ちや生活歴を捏造し、
学校では大人しいが、家では反抗的、言う事を聞かない、嘘を吐く、
お金を盗む、何度注意しても同じ事を繰り返す、暴力を振るう、
物やペットに八つ当たりをする、破壊行動をする、
わざと悪い事をする、注意すると癇癪を起こす、
思い通りにならないと実力行使に訴えて暴れる等、
数々の問題行動をしていると、虚偽の説明をしました。
それらの問題は、里子に多く見られる特徴であると、力説しました。

「生まれつき悪い子はいません、あの子が育った環境が悪過ぎたのです」
「あの子の里親は、我々が初めてではありません。
以前は別の里親に育てられていましたが、彼らの手に負えなくなり、
追い出された所を、我々が引き取る事にしたのです」
「愛情を試しているのです、信頼関係が出来始めた証だと信じています」
「あの子が本気でぶつかって来るので、私も本気で受け止めます」
「里子を育てるのは体力勝負です、毎日が戦争です」
「あの子が腕力で訴えて来るので、掴み合いになる事もあります」
「大変ですが、家族になる為のプロセスだと信じています」
「一番苦しんでいるのは、あの子だと思います」
「先生、どうか長い目で、あの子を見守ってあげて下さい」

里親が先生に話す声を、私は階段に立って聞いていました。
そのような状況に置かれた里親が、いつもそうするように、
説得力のある口調で、表情豊かに、時には目に涙を浮かべたり、
悲し気に目を伏せたりしながら話す様子が、目に浮かぶようでした。

先生が帰る時、私は里親に呼ばれました。
並んで玄関先に出て、先生を見送りました。

先生の姿が、曲がり角の向こう側に見えなくなると、
里親に背中を押されて、家に入りました。

地獄の始まりでした。

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