里子の立場の弱さ「着の身着のまま追い出され」

gladiolus2009 による 7. グラジオラスの場合, 8. 雑記 への投稿 (7. グラジオラスの場合, 8. 雑記)
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ネット上にサイトやブログは星の数ほどあるのに、
里子経験者が発信してるものって、ほんとうに少ない。
「里親に委託された経験を持つ者」自体がマイノリティーとはいえ、
こんなに少ない、というか、ほとんどない現実を目の当たりにすると、
里子たちが歩む人生がいかに厳しく、いかに困難に満ちたものであるかを、
目の前に突きつけられる気がするの。

「保護児童」として成長し、措置終了と同時に、ひとりで社会に出て行った人々。
彼らの5年後、10年後の生存率はどれくらいか考えさせられてしまうの。
たとえ生物学的には存命しているとしても、
サバイバルの末、力尽きて閉鎖病棟や刑務所に漂着した人、
ホームレスやネットカフェ難民に身を落とした人、
裏社会の法の光の届かない治外法権の谷間に隔絶された人──
社会的に抹消された元里子たちはどれくらいになるのかしら、と。

幸いなことに私は「今のところ」まだ生き抜けているけど、
長い人生この先どうなるかわかったものじゃない。
勤めてる会社が倒産したらどうなってしまうのかしら。
病気になって長期入院、仕事を失ったらどうなるのかしら。
「帰る家」と「頼れる親」がある人はしあわせね。
でも、帰る家もなければ親もいない、後ろ盾がなにもない人は、
いちど足を踏み外したら最後、転落するだけなの。
そこから這い上がるのはすごく難しいことなの。
再就職するにしても身許保証人がいない、
家賃を払えずにアパートを追い出されたら住民票を失う、
履歴書に書ける住所がなければマトモな会社は雇ってくれない。
一度はまったら抜け出せない蟻地獄が待ってるの。

そんなことを考えながら元里子たちの消息を捜してネットを徘徊してたら
下のページを見つけたの。

「私は『幸せ!』 だから出来る 里子から里親に」
http://narasatooya.jp/column11.html

奈良県里親会とかいうサイトに掲載されてるコラムで、
これを書かれたNさんは良質な里親さんに当たって里子から養子になり、
結婚後も里親(養親)さんと同居しておられるとのこと。
しあわせそうな里親美談を微笑ましく読んでいたんだけど、
「里親さんに望むこと」という部分で、なんか突き落とされた気分になったわ。

ここ半年の間に、里子が2人、Nさんを訪ねてきた。
2人とも養子縁組で育てられたけど、学校を辞めるなど
里親の意向に反することをしたため離縁され、
着のみ着のまま家を追い出された。
2人ともまだハタチを過ぎたばかりの若い子で
アパートを借りるにも保証人がなく、途方に暮れている。

・・・という内容で、これ自体、ド鬱になれるエピソードだけど、
この中でNさんは「私のようにこの歳になっても
愛情いっぱい育てられている里子達はほんの一握りだと思います」と書いてるの。

そ、そうなのね・・・
愛情いっぱい育てられた元里子さんも、そう思ってるのね・・・orz

北海道から沖縄まで日本全国に里子は約3千人しかいないのに、
限定された狭い地域の、Nさん個人の知り合いという範囲の中で、
たった半年のあいだに、このようなケースが2件もあった、ということは、
日本中でこんな目に遭う里子はかなりの確率になると思うの。
この里親たちに実子がいるのかどうかは不明だけど、
もし血の繋がった実子だとしたら、親の望んだとおりにならないからといって
生活基盤のない子を路上に放り出して、あとは知らん顔するのかしら?

いままで私、養子縁組に対して幻想を抱いてたけど、
たとえ養子になっても里子は里子、家族にはなれないのね・・・
里親の望むとおりに振る舞って「良い子」にしてないと
着のみ着のまま追い出されても文句はいえない身分なのね・・・と、
里子の立場の弱さをあらためて思い知らされ、暗澹としてしまったわ。

離縁され、着のみ着のまま追い出されてしまった元里子(元養子?)さんたちが、
この世のどこかでたくましく生き抜いておられることを願ってやみません。

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コメント
  1. ゆずり より:

    たぶん追い出された後、子供がどうなるかを全く想像できない人間なのだな、と感じさせられました。

    自分の感情のままに、時に、子供に酷く依存し、溺れ、叩きつけ、中身がこぼれてもそれが普通で、我に返るまで気づかない。

     ある意味そういう「親」とは離れられて良かったのかな?
    高校を辞めたくらいで離縁するような人は、ここって時に本当に頼れるかどうかも危ういかもしれませんね。
     幸せになった里子さんの「親」は借金取りがきても、きちんと対応して借金の支払い義務から助けてくれたけど、そういうことは全くできないように想像しました。

    「帰れる家」と「頼りになる親」って全く別物で、この両方があって本当に幸せなんでしょうね。
    頼りになる親がいてこそ、帰れる家になり、安心できる「家」なんだろうな、と考えました。

  2. gladiolus2009 より:

    追い出されたあと、その子がどうなるのか「まったく想像できない」のか、
    あるいは「予想できても他人だからどうなっても構わない」のか。
    どちらにしても、そういう人は里親になってほしくないですね。
    人間の子どもをペット扱いする人種が、動物を家族の一員としてかわいがってる方々に
    「里親という言葉を使うな!」とインネンつけてキーキーわめいてるサマを想像すると、
    ほんと滑稽の極み、笑うしかありません。

    子どもができない夫婦や空の巣症候群のご婦人のヒマつぶしに里子はいるのではない、
    イイ歳した大人なんだから、自分の孤独は自分ひとりで勝手に始末してくれと
    声を大にして言いたくなりますわ。
    もちろん、お金目当てや労働力として里子を引き受ける里親は論外です。

  3. 里山 より:

     はじめまして。直接関係がない話で申し訳ありません。
     実は犬の飼い主探しの活動を、少しだけやっています。
     先日、ふとしたことから里親という言葉に関するトラブルを知り、自分たちの活動にどう反映させるべきか、ここ数日仲間と話し合いをしたりしているところでした。が一方で、「言葉に問題がある」と主張している方々の意見の内容や活動のやり方(自分たちだけが絶対的に正しいという感じ)に違和感を感じていました。
     そしてあなたがたのブログを知り、自分が、里親さんと里子さんの立場は同じだと思い込んでいた間違えに気付かされました。
     そこで、もしも許さるなら里子さんの立場からの意見を聞くために質問をしたいのですが、許してもらえますか?
     許可したくない場合は遠慮なくその旨を伝えてください。決して逆恨みなどいたしませんし、二度と書き込みもしませんので。

  4. gladiolus2009 より:

    はじめまして。
    私の個人的な意見と私の知ってる範囲でよろしければ
    できるかぎり答えますですよ。

  5. 里山 より:

     gladiolus2さん、許可をしていただきありがとうございます。ちょっと前置きが長くなりますが、最初に、私たちの今の状況を説明させてください。

    「里親という言葉を犬猫に使わないで」という運動があることを知りました。私は、犬猫に関しては別の言葉を作るべきだと感じ、一緒に活動をする仲間と話し合いをすることにしました。

     ところが「里親という言葉を犬猫に使わないで」と主張する方々の理由をネットでよく読むと、逆に理解ができなくなりました。それは「人間の言葉を犬に使うということは、人と犬とを同一視しすることで、それは人を犬のように扱う侮辱だ」というものでした。

     もしもそんな論理が成り立つのなら、私は犬を人の住まいに住ませていますので、人と犬を同一視しており、人を犬小屋に住まわせる人間だということになります。また、犬に人の食べ物を与えている人は、人と犬を同一視しており、人にドッグフードを与える人間だということになります。
     
     だからその方々の論理では、里親という言葉を犬に使ってはならないだけでなく、犬を人の住居で飼ってはならず、犬に人の食べ物を与えてはならず、と直接言葉には出さなくても他にもいろいろなことを要求していることになり、里親さんの立場を守る活動というよりは、動物と人とをちゃんと区別しろという問題定義だということになります。

     中には「この問題は里親という言葉を使うか使わないか、2つに1つしかない」と一点張りの主張する方もおられましたが、私たちにとっては「里親という言葉を人に使わないで」に付随してどこまで要求されるのかによって、決して2つに1つではありません。単に「里親という言葉を人に使わないで」だけなら理解できても、その方々のような要求は到底飲めるものではない、というみなの結論に達しました。

     また、犬に人の食べ物を与えることと人に犬に食べ物を与えること(=侮辱)は、全く違うことです。ですから、犬に人の言葉を使うことと人に犬の言葉を使うこと(=侮辱)も全く別なことです。なのにその方々は、犬に人の言葉を用いることは人に犬の言葉を用いること(=侮辱)だとすり替え、「人の男性をオスと呼びますか?」などという問いかけがあり、単に何か攻撃がしたいのではないか?とさえ思えてしまい、分からなくなってきました。

     ちょうどその時、あなた方のブログを知りました。同時に、私がインターネット上で読んだ「里親という言葉を犬猫に使わないで」という主張が、所詮、里子さんの代弁であることに気付きました。そこでもしも許されるのなら、里子さんの立場の人に意見を聞いてみたいと感じた次第です。
     里親という言葉が犬猫に使わることが、実際に気になったことはありますか?
     答えたくない場合は、そうおっしゃってください。それ以上、決して書きませんから。どうぞ、よろしくお願いします。

  6. gladiolus2009 より:

    里山さん、こんにちは。 
    「里親という言葉が犬猫に使わること」が気になったことはありませんね。

    「里親という言葉を犬猫に使わないで」と主張する人が
    「里子を代弁してるワケではない」のと同じように、
    私の意見もすべての里子を代弁するモノではありませんけど。

  7. maron2009 より:

    里山さんへ
    こんばんは。マロンと申します。
    横レス失礼致します。

    里親団体の言葉狩り問題は、このブログが移転する原因になった問題が持ち上がるまで、あまり興味ありませんでした。
    その里親の主張を初めて読んだ時は(ざっと斜め読みしただけですが)、思わず失笑してしまいましたが、次の日には忘れていました。
    それ位、「里親という言葉が犬猫に使わること」は、私には気にならない事でした。

    >なのにその方々は、犬に人の言葉を用いることは人に犬の言葉を用いること(=侮辱)だとすり替え、「人の男性をオスと呼びますか?」などという問いかけがあり、

    里山さんの言う通りに思います。
    動物に使う言葉を人間に使うのは侮辱ですが、人間に使う言葉を動物に使うのは、愛情表現ですね。
    人間に使う言葉を動物に使う場面は、沢山あります。
    人間に使う言葉で、動物にも使われる言葉は、「里親、里子」の他に沢山あります。
    「人間に使う言葉を動物に使うのは、人類への侮辱」と考えるなら、ストレートに「人間に使う言葉を動物に使わないで」と主張すれば良いのではないでしょうか。

    「里親、里子」のみに焦点を当てて、騒ぎ立てる人々の中に、里子への「差別」と「偏見」、里親としての「驕り」「優越感」があるとしか思えません。

    「里親という言葉を犬猫に使わないで」と考え、意見を述べるのは、個人の自由です。
    しかし、その里親が「里子の代弁者面」して、「里子が傷つくから」を錦の御旗に、彼個人の意見を他者に押し付けている事に、非常に強い不快感を覚えます。
    最後になりましたが、あれは一部の里親が個人的に行っている活動です。
    決して里子を代弁しているのではない事、里子は一切無関係である事を、分かって頂ければ嬉しく思います。

    長々と失礼しました。

  8. 里山 より:

     gladiolus2さん、返信ありがとうございます。一人の里子経験者の方の気持ちとして受け止めます。

     結局私たちは「里親」という言葉は使わないことにしました。でもそれは「里親という言葉を犬猫に使わないで」という方々主張しているような侮辱だからではなくて、同じ言葉が別の活動で使われていて、紛らわしいからです。
     一方で、思いもかけないことから、里子さんの立場について知ることができました。これからも、負けずに発信してくださいね。

  9. 里山 より:

     maron2009さん、ご意見ありがとうございます。恐らく多くの人が、里親さんと里子さんの立場は同じだと思い込んでいるでしょう。でも、同じであるわけがありませんね。すごく伝わりました。

     一連の出来事のなかで、里親制度の推進が、児童養護施設への反発から来ていることを知りました。おそらく、そうした方々が指摘しているように、児童養護施設の中では多くの虐待があるのでしょう。私も、その指摘のように、施設の大人ではなくて、子供の立場に立つことが大切だと感じました。
     ところが今度はそうした人たちが里親制度を推進する際に、子供ではなくて、大人(里親)の立場に立っているように、私には感じられました。

     動物と人間を同一視するといっても、動物を人間として扱う、人間を動物として扱う、動物と人間の枠組みを合わせて1つにすることの3種類があるわけですが、動物をかわいがっている人たちは、動物を人間として扱っているに過ぎず、決して人間を動物として扱っているわけではありません。
     でも、それが怪しからんというのなら、いったいどこまで区別をしたいのでしょうね。 

     あるホームページで「人間の男性をオス、女性をメスと呼びますか?」というような問いかけがありました。
     オスは英語のmale、メスはfemale に当てた言葉だと思うのですが、maleやfemaleは動物のみならず人間にも用いられます。区別がないし、別に区別がなくてもやっていけるわけです。
     それを日本語では動物と人間とで区別をしたことに、逆にもしかしたら差別の芽みたいなものがあるのかもしれませんね。

     それにしても、みなさんが書いておられる里親さんの振る舞いは許しがたいと感じました。どんな扱いをされたのか、里子経験者の追跡調査なんてできないのかなぁ。

  10. maron2009 より:

    里山さんへ
    マロンです。お返事ありがとうございます。

    ネット上の言い争いは、より声が大きく、より好戦的で、より暇な人が、そうでない人を言い負かすディベートが大半ですね。
    よりリアルが充実して、より穏和で、より平和的な人は、立ち去って行きます。
    そうやって「悪貨は良貨を駆逐する」のです。
    理解は得る為の話し合いと、相手を叩きのめすか追い払う事を目的とするディベートは、似て異なるものですが、ディベートに熱を上げる人々は、愚かな事に、その違いにさえ気付いていません。

    放っておいても、何一つ理解は得られず、敵を増やすか、呆れられて笑い者にされるだけですので、距離を置いて傍観に徹していましたが、彼らが里子を代弁していると思われるのは、非常に心外でした。
    分かって頂けて、とても嬉しいです。
    よろしければ、またお越し下さいね。

  11. しんのすけ より:

    これは自分がその立場になると良く分かると思います
    私もとある事情から、里親もどきの立場にありますが、学校を勝手に辞めるとか…
    警察沙汰を起こすとか…
    少しまともに考えれば、掛けられそうなブレーキも自分を悲観視する余りに勝手に暴走して
    「自分で責任取ってやる」いつもの決め台詞で終わりです
    社会人として自分の生活を何とかできない内は、離縁なんて考えませんよ

    不良とか、負け組とか、腐ったミカンとか色々言われるけど、それは里親、里子とは関係ないと思います
    里子の得意な言葉「本当の親じゃない」
    って、どんな意味があるんでしょう?

    夫婦だって、親友だって、恩師だって… みんな元は他人です
    義理の親、義理の兄弟…元は他人
    同僚、チームメイト…やっぱり元は他人
    そんなにこだわるべきことなんでしょうか?

    養子でも子供です
    他人とは違います
    うちの子はって…特別扱いだってします
    他人の子供と同じには見ませんよ

    恩をきせ様なんて思っちゃいない
    ただ、将来を自分でつかむ為の足掛かりくらいは、何とかしてやれたらって思う程度が限界
    ここを踏み台にして、次へ行ってくれたらそれで十分
    成人したら、一度離縁します
    戻って来なければそれでもいいかなぁって…

    うちの子も成人式です
    もう離縁の用紙は用意してあります

    十数年子供で居られたことの意味を一人になって良く考えて欲しいと思っています

  12. gladiolus2009 より:

    東京の養育里親さん、こんにちは。
    あなたのコメントを読んで、「特別養子縁組」をベストとする
    私の考えは間違ってなかったと、自信が持てましたわ。

    里親は里子の本当の親ではない、というのは、言葉どおりの意味です。
    血縁上も親ではありませんし、法的にも親ではありません。
    里子と里親は、文字どおり「ただの里子と里親」です。
    「保護児童と、養育費と報酬を受け取って保護児童を預かる人」という関係です。
    それを親子と呼べるなら、保育園の保育士と園児も「親子」になれますわ。

    夫婦や友達は、他人どうしの前提があって始まる関係ですが、
    親子関係は「親子である」という前提の上で、はじめて成り立つ関係です。
    法的関係や血縁関係にこだわる必要がないと思うなら、
    あなたはなぜ配偶者と法的に結婚して夫婦になったのですか?
    他人から始まる夫婦という法的関係にこだわる必要がないなら、
    好きな異性と交際する、もしくは同棲するだけでじゅうぶんなのでは?

    私は、里親と里子は「親子ではない」という「事実」を述べましたが、
    養子と養親は「親子関係ではない」とは言っておりません。
    少なくとも、法的には親子関係がみとめられてます。
    里子と養子は別モノです。混同しないでください。
    そして、普通養子縁組で育てても、養子が思うように育たなかったら、
    離縁して着の身着のまま路上に放り出す養親もいるようなので、
    子どもに将来なにがあっても離縁できない覚悟で家庭に迎える
    特別養子縁組を強く推奨してるワケです。

    まあ、あなたが実子に対しても成人したら絶縁宣言して追い出して
    頼るアテもない子に「十数年間、子どもで居れたありがたみを考えろ」と恩を着せ、
    それで戻ってこないで野たれ死んでも、それはそれ、と割り切れるなら、
    あなたがただ「そういう大人」である、というだけの話です。
    親の中には、子どもを施設に預けて面会に来ない親もいるようなので、
    「そういう大人」が普通養子を取ることもあれば離縁することもあるでしょう。

    ・・・なんて書いたら、今度は「特別養子を追い出した養親」と称する人から
    コメントが寄せられるかしら?

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