残飯を漁って飢えをしのいだ日々

maron2009 による 6. マロンの場合 への投稿 (6. マロンの場合)
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私は学校で仲間外れにされ、孤立していましたが、
それでも学校は好きでした。

学校は、里親の家より安心して過ごせる場所でした。
孤立している事は、あまり苦になりませんでした。
同級生の意地悪な目線に晒され、悪口を言われるより、
一人で好きな事をして過ごす方が、気楽でした。

休み時間は、植物や動物を観察したり、本を読んだり、
ピアノやオルガンを弾いて過ごしていました。
同級生に鼻白まれ、親しい友達はいませんでしたが、
私なりに、学校生活を楽しんでいました。

夏休みは、憂鬱でした。
里親は、私が中耳炎を患っていると虚偽の説明をして、
学校のプールに行かせてくれませんでした。
地域のお祭りや花火大会にも、行かせてくれませんでした。

一日中、掃除と草むしりをさせられていた気がします。

炎天下、何時間も庭に出され、雑草を一本残らず抜いても、
里親の許しが出るまで、家に入るのを許されませんでした。

家中をピカピカに磨き上げ、塵一つ手垢一つ残っていなくても、
里親の許可なく掃除の手を休める事は、許されませんでした。
私は何も考えず、雑巾で床を擦り、窓を拭きながら、
時が過ぎるのを、ただ待つしかありませんでした。

殴る、蹴る、壁にぶつける等の折檻は、日常的に行われました。
私の身体から、腫脹や皮下出血がなくなる事は、ありませんでした。

背中や臀部、太股に、お灸を据えられた事もありました。
その時に出来た熱傷の痕が、今でも白っぽく残っています。

食事は、1日1回か2回でした。
お腹いっぱい食べられる事は、ほとんどありませんでした。
幸か不幸か、食後の後片付けは私の仕事でしたので、
里親の目を盗んで残飯を漁り、飢えを凌いでいました。

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