里親は、僕と実親の不和を喜んだ

kent2009 による 4. kent の場合 への投稿 (4. kent の場合)
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僕は、大人になる迄、本当の親を、許せなかった。

ある事情で、親を許す必要に迫られ、互いに体当たりで、距離を縮めたが、そうなる以前は、ビジネスライクな態度に、徹してた。

親権者の同意や、保証人が必要で、親に会う時は、冷淡な態度を、崩さなかった。

今思えば、親を「許す」と言う発想は、酷く傲慢で、不遜な考えだが、長い間、僕は、親を、許せず、棘を剥き出しに、してた。

僕は、怒りをぶつける方向を、間違えてた。
本来なら、里親に向ける怒りを、母親に、ぶつけてた。

母親なら、受け入れてくれると言う、甘えが、あった。

里親に、甘える気持ちは、無かったから、簡単に、切り捨てた。
自立出来る年齢に、なった時、迷わず、里親の家を出て、自立する道を、選んだ。
僕の人生から、容易に、締め出す事が、出来た。

僕は、精神的に、母に甘え、依存してた。
だからこそ、母を、許せなかった。

里子が成長し、進学や就職を迎えると、親と会う機会が、増える。

里子の立場の子供は、とても敏感な子が、多い。
高感度アンテナを装備して、里親の、口に出さない本音を、敏感に、感じ取る。

僕が、親に、否定的な態度を取ると、里親は、喜んだ。

里親の家は、二重基準で、動いてた。
目の前に、本音がぶら下ってるのに、見えない振りして、建て前の世界を、生きてた。

里親たちは、建て前の鎧で、一寸の隙もなく、武装してた。
建て前の世界の、言葉を使って、話をした。
それで居ながら、僕に対しては、彼らの本音の感情を、害さない言動を、要求した。

僕が、親に、否定的な態度を取ると、里親は、建て前で、僕を諭したり、窘めたり、する。
しかし、本心は、喜んでた。

例えば、親の書類が必要な時。
里親は、母に電話して、僕に、受話器を渡す。
彼らは、何気ない風を、装ってるが、耳をダンボにして、僕の話を、聞いてる。

僕は、彼らの耳を、痛い程、意識してる。
彼らが聞いてる事を、意識して、僕は、「届けに来ないでいいです、郵送して下さい」と、言う。

電話を切ると、里親は、僕を窘める。

「お母さんを、うちに、お招きすれば良かったのに」とか、「ついでに会えば、いいじゃないか」と、言う。

しかし、彼らの、楽し気に輝く目や、笑いを堪える口端や、微妙な口調が、建て前を、裏切ってた。

彼らは、表面上、僕の親を庇い、僕と親の不和を嘆いたが、その仮面の下で、笑ってた。

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