1月, 2010 のアーカイブ

私は、里親をプロとは思っていません。
プロと呼ぶには、あまりに専門性が低く、責任感が希薄だからです。

要求される専門知識や技能が高度になる程、
自らの専門性を高める為、常日頃の自助努力が欠かせません。
プロとしての自覚、プロ意識が、プロをプロにするのです。

ある分野のプロが、自宅や図書館で専門書を読んで勉強しても、
その時間の労働報酬は発生しませんし、
書籍や資料等の購入費は、自己負担です。
プロが、私的な時間と私費を、自己の専門性を高める為に投資するのは、
特別な事ではなく、プロとして当然の義務と言えるでしょう。
彼らが私的な時間と私費を費やして、プロの義務を全うするのは、
プロの責任を自覚してるからに他なりません。

その意味で、ほとんどの里親は、アマチュアです。
高額な報酬を受け取っていても、素人は素人です。

災害現場や発展途上国で、ボランティアとして
医療活動に従事する医師や看護師は、無報酬です。
現場に行く迄の交通費が支給される場合はありますし、
宿泊施設や食事が、無償で提供される場合もありますが、
多くの医師と看護師は、私費で参加しています。

しかし、無報酬だから、彼らをアマチュアと言えるでしょうか。

無償ボランティアで医療行為を行っているとしても、
彼らは「私はプロの医療人だ」と言う自覚の下で、
活動していると思います。
無償奉仕であっても、プロとしての職務を全うしており、
「お金を貰ってないので、プロではありません」とは言わないでしょう。
口が裂けても、「ボランティアだから」を言い訳にしないはずです。

そのような意味で、ほとんどの里親は「ド素人」です。

「素人」と言う言葉が持つ、あらゆる意味で、里親は「素人」です。
レベルが低く、責任感が希薄で、専門的な知識や技能もありません。

「世話する義務のない他人の子を、自宅に預かってやるのだから、
里親は労働報酬を受け取って当然だ」と主張しながら、
一方で、里親はプロでは無い、ボランティアだと主張します。

里親が、アマチュアである事を言い訳にしている間は、
里親は低レベルなまま、永遠に質向上は望めないでしょう。
里親自身が素人である事を言い訳に、質の低さに甘んじ、
里親の質向上を図るつもりがない現状では、
里親の腐敗が進行する事はあっても、改善は絶望的です。
質が低く無責任な里親に傷付けられる子供が、増えるだけでしょう。

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大晦日やお正月等のイベントは、憂鬱でした。

B宅に居た頃、里親の実子達が、彼らの家族を連れて、
年末からお正月、泊まり掛けで遊びに来ました。

里親の孫達と私は年齢が近く、私は苛めの対象でした。
些細な理由で、時には理由もなく、彼らは私を打ったり、
背中をエルボしたり、髪の毛を引っ張ったり、蹴ったりしました。
その様な苛めは、大人の目がない場所で、行われました。

私は、やり返してはいけない立場と分かっていたので、
何をされても、じっと我慢していました。
彼らもまだ子供でしたが、彼らと私の立場の違いを、
はっきりと自覚していました。
彼ら同士で、言い争いの喧嘩が行われる事はありましたが、
殴る蹴るの苛めを受けたのは、私だけでした。

「ここはあたしのおばあちゃん家よ、あんたは里子でしょ!」
「里子の癖に!」
「施設に帰れ!」

その様な言葉を吐かれるのは、珍しくありませんでした。
多分、大人達が言っていたのを、聞いていたのでしょう。
まだ子供だった彼らを、責めるつもりはありません。

お正月に、里親の実子達と子供達で、
初参りに行った時の事は、今でも忘れられません。

神社の参道に、露天が出ていました。
里親の孫達は、各々の親や祖父母(里親達)に、
露店で好きな食べ物を買って貰っていました。
私は、始めは我慢していましたが、どうしても欲しくなって、
自分のお年玉で、バナナチョコを買いました。
私にとっては、高い買い物でしたが、
里親の孫達が、楽しそうに食べ歩きをする姿を見ていると、
私も欲しいと思って、我慢出来なくなってしまったのです。

突然、里親の孫の男子が、私を突き倒しました。
私は転び、手に持っていたバナナチョコを落としました。
そのバナナチョコを、里親の孫が踏み付けました。

私は、啜り泣きました。
里親の孫達に苛められても、泣きませんでしたが、
その時は、何故か酷く悲しくて、涙を堪えられませんでした。
里親の孫達に苛められて泣いたのは、あれが最初で最後です。

里親達は、私を置いて、どんどん先へ進みました。
私は声を出さずに泣く子供でしたので、
わざと置いて行ったのではなく、気付かなかったのでしょう。
私は一人で、置き去りにされましたが、
彼らの後を追い掛ける気力は、ありませんでした。
悲しみのあまり、どうでも良くなっていました。
踏まれて潰れたバナナチョコの前にうずくまり、
一人で啜り泣いていました。

私を迎えに来てくれたのは、Sさん(里親の息子の嫁)でした。
私は俯いて泣くだけで、何も言いませんでしたが、
彼女は私に、新しいバナナチョコを買ってくれました。

里親と娘達は、よくSさんの悪口を言っていました。
里親は、電話でも、よく悪口を言っていました。
里親は、Sさんが居ない場所では「あの女」と呼び、
気が利かない、だらしない、お里が知れる等、悪口を言い、
電話を切ると、憎々しげに側に居た私を指差して、
Sさんと私が似ていると言った事もありました。

私は、里親達がSさんの悪口を言うのを耳にしており、
Sさんと似ていると言われた事もあって、
彼女に複雑な想いを抱いており、素直になれませんでしたが、
今になって思えば、里親の親族の中で、
私を人間らしく扱ってくれた、唯一人の大人でした。