里親の孫達に苛められる里子

maron2009 による 6. マロンの場合 への投稿 (6. マロンの場合)

大晦日やお正月等のイベントは、憂鬱でした。

B宅に居た頃、里親の実子達が、彼らの家族を連れて、
年末からお正月、泊まり掛けで遊びに来ました。

里親の孫達と私は年齢が近く、私は苛めの対象でした。
些細な理由で、時には理由もなく、彼らは私を打ったり、
背中をエルボしたり、髪の毛を引っ張ったり、蹴ったりしました。
その様な苛めは、大人の目がない場所で、行われました。

私は、やり返してはいけない立場と分かっていたので、
何をされても、じっと我慢していました。
彼らもまだ子供でしたが、彼らと私の立場の違いを、
はっきりと自覚していました。
彼ら同士で、言い争いの喧嘩が行われる事はありましたが、
殴る蹴るの苛めを受けたのは、私だけでした。

「ここはあたしのおばあちゃん家よ、あんたは里子でしょ!」
「里子の癖に!」
「施設に帰れ!」

その様な言葉を吐かれるのは、珍しくありませんでした。
多分、大人達が言っていたのを、聞いていたのでしょう。
まだ子供だった彼らを、責めるつもりはありません。

お正月に、里親の実子達と子供達で、
初参りに行った時の事は、今でも忘れられません。

神社の参道に、露天が出ていました。
里親の孫達は、各々の親や祖父母(里親達)に、
露店で好きな食べ物を買って貰っていました。
私は、始めは我慢していましたが、どうしても欲しくなって、
自分のお年玉で、バナナチョコを買いました。
私にとっては、高い買い物でしたが、
里親の孫達が、楽しそうに食べ歩きをする姿を見ていると、
私も欲しいと思って、我慢出来なくなってしまったのです。

突然、里親の孫の男子が、私を突き倒しました。
私は転び、手に持っていたバナナチョコを落としました。
そのバナナチョコを、里親の孫が踏み付けました。

私は、啜り泣きました。
里親の孫達に苛められても、泣きませんでしたが、
その時は、何故か酷く悲しくて、涙を堪えられませんでした。
里親の孫達に苛められて泣いたのは、あれが最初で最後です。

里親達は、私を置いて、どんどん先へ進みました。
私は声を出さずに泣く子供でしたので、
わざと置いて行ったのではなく、気付かなかったのでしょう。
私は一人で、置き去りにされましたが、
彼らの後を追い掛ける気力は、ありませんでした。
悲しみのあまり、どうでも良くなっていました。
踏まれて潰れたバナナチョコの前にうずくまり、
一人で啜り泣いていました。

私を迎えに来てくれたのは、Sさん(里親の息子の嫁)でした。
私は俯いて泣くだけで、何も言いませんでしたが、
彼女は私に、新しいバナナチョコを買ってくれました。

里親と娘達は、よくSさんの悪口を言っていました。
里親は、電話でも、よく悪口を言っていました。
里親は、Sさんが居ない場所では「あの女」と呼び、
気が利かない、だらしない、お里が知れる等、悪口を言い、
電話を切ると、憎々しげに側に居た私を指差して、
Sさんと私が似ていると言った事もありました。

私は、里親達がSさんの悪口を言うのを耳にしており、
Sさんと似ていると言われた事もあって、
彼女に複雑な想いを抱いており、素直になれませんでしたが、
今になって思えば、里親の親族の中で、
私を人間らしく扱ってくれた、唯一人の大人でした。

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コメント
  1. miyuki より:

    こんにちは。
    相変わらずといいますか、蛙の子は蛙、と申しますか。。。
    本当に、呆れたご家族だったのですね。
    人って知識・教養・品性が大切かと思いますが
    知識・教養は自分の努力次第でなんとかなりますが
    品性はお金では買えませんし、なんとも哀れなお孫さんたちですね。

    実は昨日この記事を拝見して、1日色々と考えていたのですが
    もしかしたら、普通の感覚を持ったSさんは、恐らく里親さんにマロンさん含め
    里子に対する仕打ちについて、(やんわりとだとは思いますが)苦言を呈したのではないでしょうか・・・?
    それで里親さんは”嫁のクセに生意気な”と嫌い、悪口をいうようになった気がします。
    なんとなく、ですが
    そんな気がしたので思わずコメントしてしまいました。

  2. maron2009 より:

    miyukiさん、お久し振りです。
    私が大人になり、考えれば考える程、呆れた家族だったと思います。
    【程度が低い】この言葉に尽きるのではないでしょうか。
    悪口が多い一家で、Sさん、学校の先生、近隣の人々の事、
    里親家族が集まれば、話題は人の悪口だったと思います。

    一方で、里親は、活動的で目立ちたがりな面があり、
    自治会の役員や、民生委員をしていました。
    地域の清掃活動や行事があれば、張り切って、仕切っていました。
    品性は無いですが、口が達者で、外面は良く、
    「ざっくばらんな良い人」で、通っていたと思います。

    なので、里子を虐待してニュースになった里親達が、
    里親会の会長夫妻だった、児童委員だった、虐待防止委員だった、
    熱心な里親だったと聞いても、私は少しも驚きません。
    外では愛想良く、良い里親、良い大人として振舞いながら、
    第三者の目が無い場所で里子を苛める光景が、
    私には、ありありと想像出来ますので。

    もしかすると、miyukiさんがお考えのように、
    Sさんは、里親に苦言を呈して、「嫁の癖に生意気だ!」と
    目の敵にされてしまったのかも知れませんね。

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