里親という人種は我が強い?

maron2009 による 6. マロンの場合 への投稿 (6. マロンの場合)

前回の記事で、私は、里親はプロではないと書きました。
それに対して、近いうちに里親になる予定の方から
コメントをいただきました。

その方の意見を要約すると、
「自分を子育ての専門家とは思わない」
「先輩里親の話を聞いても,かれらが専門家だとは思えない」
「児童心理学の先生が書いた本を読んだり,
ベテラン里親の手記を読んだりしても,
彼らが専門家だという気は,全くしない」
と言う内容でした。

高度な教養を得るには、その下地となる教養が必要です。
児童心理学の専門家が書いた本を読んで、
彼らが児童心理学の専門家だと思えない、と言うのは、
レベルを「素人が読んでも理解出来る」程度に落として書かれた本
(専門用語を使わず、読み手に専門性を意識させない本)で、
読み手の素養が低い為、その事を読み取れないだけだと思うので
問題ではありませんが、
私が気になったのは、その方がまるで
「里親は専門性が無くても良い」と考えている(と読める)事でした。

里親制度は、子供に家庭を与える制度ではありません。
あくまで、社会的擁護の一形態で、
児童養護施設の代替手段に過ぎません。
施設と同様の【期間限定の一時預かり制度】です。

一生涯の親子関係が前提にあるのは養子縁組で、
養子縁組と里親制度は、別物です。

里親の専門性に関して、敢えて、この場では云々しません。

私が気になるのは、
この方が、「私は、私は」に始終している事です。
これは、この方に限った事では、ありません。
ネット上の里親の方の意見を拝見する度に、
「私は、私は」に始終している事が、とても気になります。

つまり、「声が大きく、我が強い」のです。
里親の方は、彼らの頭の中にある【里親としての意見】を
声高に主張する事が第一義になっていて、
彼らの保護対象である里子を見ていない、
見ようとする気もない、ように映ってなりません。

私は元里子として、里親に専門性を望みます。
里親制度は、養子縁組ではないのですから、
家族だの家庭だのと言った、おためごかしよりも、
児童福祉に携わる人間としての、専門性の高さを望みます。

しかし、その里親の方から戴いたコメントを拝見すると、
「私は専門性はありません」
「先輩里親の方々も、専門性はありません」と言う内容でした。
まるで、専門性を高める努力はしない、
努力するつもりもないと言ってるとしか、思えない内容でした。

稀に、学校の生徒が教師に望む事のアンケートが行われ、
ニュースで報道されるのを、見た事があります。

「贔屓をしない先生」
「教えるのが上手い先生」
「面白い先生」

これらの、生徒が教師に望む事を聞いて、
教師の方が、教師としての意見を声高に主張して、
生徒に「お前も私と同じ意見を持ちなさい」と、押し付けるでしょうか?

より良い教師になろうと努力している教師の方は、
生徒の意見に、耳を傾ける余裕が、あるのではないでしょうか。

しかし、里親は、「私は、私は」なのです。
彼らの【里親としての意見】を主張されるばかりで、
それと事なる意見は、聞く耳さえ持ちません。
聞く耳を持たないだけなら、まだ良いのですが、
否定する事に躍起になったり、攻撃的になります。

このような方が、里親になり、里子と向き合って、
双方向のコミュニケーションを築けるのでしょうか?

弱い立場にある子供の、言葉に出来ない「声」に耳を傾け、
隠されたニーズを拾い上げる事が、出来るのでしょうか?

彼らに委託されている里子さんが、心配でなりません。

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コメント
  1. クローバー より:

    はじめまして、クローバーと申します。
    30代後半、一人娘の母で、専業主婦をしています。

    最近、すっかり娘が成長して手を離れたせいか、赤ちゃん時代の様子が懐かしくなり、某動画サイトで、赤ちゃん達の沐浴やおむつ交換、新生児室の様子などの動画を閲覧して癒されていました。
    その時偶々、「ホスピタリズム」という題名の、謎の動画を見つけ、その意味を検索をするうちに、養護施設出身者のブログを発見し、更に、里親里子制度の問題点を指摘されるこちらのブログにたどり着きました。

    そして、背筋に寒気を覚えつつ、一気にこちらのサイトを読み終えました。そして大げさな話しでは無く、小さな子供を持つ平凡な主婦として、震えが止まらないほどの恐怖を感じました。
    こんなに恐ろしい話しは今まで、まったく知りませんでした。心温まる里親・里子のドキュメンタリー以外は、メディアで目にすることが無かったのです。

    この国が、先進国などではない事は確かですね。いまだに奴隷制度が合法化された恐ろしい国・・・里子として数々の苦難を乗り越えて、今日まで生き延びて来られた皆様は、本当に立派だと思います。

    偶然で知ったこちらのサイトですが、陰ながら皆様を応援させて頂きたいです。こんな不条理がまかり通る社会は絶対に許せません!!

  2. 五木芽衣子 より:

    初めまして。五木芽衣子と申します。
    現在環境情報学部に所属する大学2期生です。

    実は現在、里親家庭をテーマにした小説を書いており、その参照でこちらのブログを拝見させてもらいました。
    書籍やサイトなどでは里親家庭の利点を詳しく描かれておりそれに引き込まれて小説を書こうと決めたのですが、このブログを読んで自分が本当に正しい事をしているのか悩んでいます。
    里親からの虐待についても取り上げるつもりでしたが、それは一部の家庭での問題だと思っていました。

    少々長いですが、私の小説について書かせてもらいます。
    主人公は高校1年生の少年です。
    主人公の母親は一人で養育里親(元保育士なので専門里親も兼ねる)をしています。彼女には夫と娘がおり、さらに2人目の子を妊娠していましたが事故ですべて亡くしました。
    事故の2年後、駅のトイレに捨てられた赤ん坊の主人公を見つけ保護に協力したことがきっかけで、彼を養子にしました。そしてその時に「同じような子を育てたい」と思い里親を始めました。
    主人公の名前は彼女の水子と同じものです。保護したときに名づけました。

    主人公が小学校低学年の時来た2つ上の里子(女の子)は、母親とそりがあわずわずか2年で別の家に変わります。
    その後、委託先の里親家庭から虐待を受け、遺体で発見されました。主人公はその子に淡い気持ちを抱いていただけに自分を責めました。

    現在、主人公は母親と小学5年の女の子、小学2年の男の子、そして物語のスターターとなる中学2年の少年と暮らしています。
    主人公は母の手伝いをしようと必死で里親について、虐待について勉強します。虐待が起こったという新聞記事をスクラップにもしています。その中には施設内や里親からの虐待も入っています。
    里子に命の危険があったり、実親の虐待から逃げて来た時には自分のこと以上に必死になります。関係者からは(里親家庭の)天使だと呼ばれます。
    しかしその一方で里子、養子、実子はそれぞれ違うものだと心に壁を作っている部分があります。
    そんな主人公と、自分を煩わしく思っている母親を今でも愛そうとする中2の里子の交流がメインの話になってます。

    「虐待や放置で傷ついた子供たちの再生」をメインに置きたいだけに、ここに書かれてるような里親家庭での闇も取り上げたいなと思いましたが、逆に里子の方々に失礼でしょうか?
    あるいは、このようなことを小説(某有名ライトノベル新人賞に送るつもりです)に書くこと自体が間違っているのでしょうか?

    乱文、失礼しました。

  3. maron2009 より:

    クローバーさん、はじめまして。
    この問題に興味を持って戴きまして、ありがとうございます。
    里親制度の問題点は、今も昔も闇の中です。
    里親の問題を、光の当たる場所に持ち出したくない人々、
    ずっと闇の中に押し込めて置こうとする【力】が
    働いているのを、ひしひしと感じています。

    クローバーさんが仰っておられる通り、
    光の当たる場所に出てくる話は、
    里親にとって好都合なエピソードばかりです。

    その裏で、多くの里子が、
    里親の家で心が凍るような体験をして、
    里親の家を脱出した後も、苦しんで居る事を、
    心の隅に留めておいて戴ければと思います。

  4. maron2009 より:

    五木芽衣子さん、はじめまして。
    当ブログをご覧戴き、ありがとうございます。

    里親制度を題材にした小説を、
    お書きになられているとの事ですが、
    それが小説であるなら、
    内容は、ご自由にお書きになられて良いと思います。

    日本の法律は、表現や言論の自由を、一応保障しています。
    ファンタジー小説を、事実と偽って垂れ流すのは問題ですが、
    フィクションと銘打った小説は、読んで不愉快になったり、
    傷付く事があったとしても、自分自身の問題です。
    自分が傷付いたからと、作者に圧力を掛けたり、
    言葉狩りをするのは、筋違いだと思います。

    しかし、里親の中には、異なる考えを持っている方がいて、
    フィクションのドラマの中で、
    里親があまり良くない役回りになると、
    テレビ局に抗議する、好戦的な里親が実在します。
    里親団体の役員が、彼らのサイトで、
    テレビ局に抗議したと報告しているのを、
    偶然目撃した事があります。

    私も、このブログを始めてから、
    里親制度の問題を、永遠に闇の中に置いておこうとする
    不気味な【力】が働いている事を、感じています。

    そのような事もあるので、
    老婆心ながら、里親の問題を取り上げる際は、
    くれぐれもお気をつけて下さいね。

  5. dododo より:

    はじめまして。本サイトを拝見して、端的に言って里親制度自体を廃絶するべきであると感じました。自分の実子を平気で折檻・虐待し死に至らしめる事も珍しくない今日において、極めて例外的な(あるいは、ほとんど存在し得ないと言った方が、妥当なのかもしれませんが)理知的且つ知的で、公正且つ良心的な、そんな「里親」の存在を、無条件に無原則に信頼して、そこに未来ある子供を委ねることの無理を、社会は明確に自覚するべきでしょう。

    要するに、この世の中には、基本的には、ろくでもない人間と、もっとろくでもない人間しかいないように思います。そして概ね里親という存在は、この「もっとろくでもない人間」が占める割合が高いと理解すべきなのでしょうね。

    これは明らかに制度設計の失敗であり、社会的犯罪でしょう。最近の里親による虐待事件でも、「里親制度に対する世間の誤解が心配」のようなコメントがあったようですが、誤解ではなくて、基本的に正解というべきでしょうね。

    本来、これだけの経験をされた皆様が、この糞みたいな社会全体に対して、もっと敵対的なスタンスを取っていても、私個人としては全然不思議に感じないとすら思いますが、反社会的なスタンスではなく、建設的な提言をされている点には、一人の人間として敬服の念を抱きました。

  6. maron2009 より:

    dododoさん、はじめまして。
    当ブログをご覧下さいまして、ありがとうございます。
    最近は私の投稿ばかりになっていますが、
    皆さん多忙の為、御辛抱戴ければと思います。

    里親の虐待を話題にすると、
    「専門教育を受けた施設職員も虐待する」
    「実の親だって虐待する」と言う意見が出ます。
    施設や実親家庭でも虐待があるのだから、
    里親の虐待は大目に見ろ、と言わんばかりの論調です。

    しかし、専門教育を受けた施設職員だって虐待する、
    実の親でも血を分けた我が子を虐待するのですから、
    専門教育を受けた事もなければ、親でもない里親なら、
    尚の事、虐待は起こり易いと考えます。

    最初から里子をまともに育てるつもりのない里親、
    お金目当てで里子を引き取る里親も居ます。
    里親の多くが、実社会で大成を収めたとは言い難いが、
    「自治会長」や「民生委員」のようなハードルの低い肩書きが大好きな事も、
    里親という人種の特性を物語っているような気がします。

    私が人の道を外れずに済んだのは、
    良い出会いがあったからだと思っています。
    今日の更新は、その事を記事にしてみました。

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