里親家庭に放り込まれる事は、好きでもない異性と性的関係を強要される事と同じ

maron2009 による 6. マロンの場合 への投稿 (6. マロンの場合)

たまさんの
【はばたけ!養護施設出身者】
を拝見して、目から鱗が落ちました。

「里親が、里親になった事情は、
里子には一切関係ない」

その言葉は、元里子の私にも、衝撃でした。

言われてみれば、至極当たり前の事ですが、
情けない事に、私は、今まで気付きませんでした。

里親が【里親になろうと思った動機】は、
本来、里子には、関係ない事です。

私は、4件の里親宅を経験しました。

里親家庭に適応する過程で、
里親のニーズを汲む作業を、
里子の義務として、行って来ました。

空の巣症候群の寂しさを埋める為、
子供の姿をしたペット【愛玩児童】が欲しいのか。

大家族に憧れる里親が、大家族気分を楽しむ為、
エキストラの子役を求めて居るのか。

里親が「神様がお喜びになる事」をする為の、
生け贄が必要なのか。

善意のボランティアの【里親】と言う、
【社会的評価】が欲しいのか。

里親が、彼ら自身の子供時代を取り戻す為の、
代償行為か。

性欲処理の為、生きたダッチワイフが欲しいのか。

出来るだけ楽をして、お金が欲しいのか。

私は、里親が里子に求める【役割】を読み取り、
それに合わせる事で、生き延びて来ました。

一つの里親家庭に、複数のニーズが存在しました。

時と状況に依って、求められる【役割】は、異なりました。

世間に向けては、里親が【社会的評価】を得る為に、
私は【複雑な事情を背負った、可哀相な子供】の役割を演じました。
家の中では、私は、時給が発生しない【女中】であり、
里親のストレス発散用の【サンドバッグ】であり、
お金は欲しいけど、外に働きに出たくない里親の【収入源】として、
【手間もお金も掛からない存在】である事が、求められました。

彼らのニーズを汲み取って、
望み通りの役割を演じる事で、
彼らの家に居る事を、許されていました。

里親が、里子に求める【役割】を演じる事、
里親のニーズに応える事は、
里子には【義務】で、疑問に思いませんでした。

しかし、たまさんの記事を拝見して、気付きました。

里親が、里子にどのような役割を求めているか、
里子には、一切関係ない事です。

児童養護施設の施設長を勤めておられる方が、

「里親家庭への適応能力が高い子供ほど、
異常な程に気を使っている事を、忘れてはならない」

と仰っていた記事を、拝見した事があります。

しかし、里親サイドから、
そのような意見は、聞いた事がありません。

里親サイドから、聞こえてくるのは
「家族」「家庭」「実子同然」
毎度お決まりの【おためごかし】ばかりです。

私の親は、親だけです。
私の家庭は、親と暮らした家庭だけです。

私の親以外の大人に、親になって欲しいと
思った事はありませんでした。

私の家庭以外の、他人の家庭で暮らしたいと
思った事は、ありませんでした。

この感覚は、皆さんも、同じだと思います。

例えば、あなたの夫が、単身赴任になり、
一緒に暮らせなくなったとします。
見ず知らずの男性が、突然、家に押し掛けて来て、

「旦那さんが居なくて、寂しいでしょう。
今夜だけ、私があなたの夫代わりになって、
可哀相なあなたを、慰めてあげましょう」

と言われて、その男性と、夫婦の営みが出来ますか?

私にとって、里親は、そのような感覚でした。

「一晩だけの夫代わりですから、入籍はしません。
子供が出来ても、責任は取りません。認知もしません。
でも、僕はあなたを妻同然に思っているので、僕の妻として扱います。
僕は妻に避妊をしないので、あなたにも避妊はしません」

そう言われたら、「馬鹿にするな」と思いませんか?
「私にも、選ぶ権利があります」と、思いませんか?

里子には、里親を選ぶ権利は、ありません。

望みもしない里親の家に、放り込まれる事は、
好きでもない異性に、性的関係を強要される事と、
精神的な苦痛は、とても良く似ていると思います。

私が、自分の親と過ごした家庭の文化を無視され、
毎日、他人の家庭の文化や価値観を、押し付けられ、
毎日、他人の体臭が染み込んだ、他人の家で寝起きし、
毎日、他人を「お父さん」「お母さん」と呼ばされ、
毎日、見え透いた【家族ごっこ】を強いられ続ける日々は、
大袈裟ではなく、精神的なレイプ同然でした。

里親に預けられている里子は、ほとんど実親が存在します。

実親に虐待を受けた子供は、
養育里親に委託されません。

里親に委託されている子供のほとんどは、
経済的理由、親の病気や就業等、
家庭の事情で、預けられています。

児童福祉は、虐待事例や遺棄児を除いて、
親子分離の防止を最優先に、
【親子】を支援して欲しいと願います。

適切に養育出来る親と、分離してしまった児童は、
家庭復帰を最優先に、支援して欲しいと思います。

親がいない児童は、特別養子縁組で、
実子と同等の権利を持つ子供として、
育ての親の家庭に迎えられて欲しいと、願います。

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コメント
  1. りさり より:

    昨年末にテレビで放映された
    第19回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品
    『わが子が家にやってきた~里親制度が結ぶ新しい絆~』
    (制作:テレビ西日本)

    という番組。
    里親制度を扱った番組なのですが
    里親さんが勝手に里子の偏見を取り払うためにと顔をモザイク無しでと訴えたり
    (里子が自分で判断できる年齢でもないし、
    プライバシーや守秘義務の範疇にないのかい?)

    ギャン泣きして「あっち(乳児院)がいい」泣き喚く子どもを
    誘拐犯さながらに里親に引き渡したり、
    養子縁組でもないのに、
    親と離された子どもを養育費や手当て諸々と共に委託されて
    「わが子が家にやってきた~♪」
    みたいなタイトルにモヤモヤが頂点に達しました。

    多分、一般的にはこのタイトルは美しく
    里親の行動は共感を得るものなのでしょう。
    そしてそれに感動を覚えない私は
    人の情けを知らないひねくれものとなるのだろうと思いつつ。

  2. maron2009 より:

    >りさりさん

    里子の顔にモザイクを掛けない事が、
    偏見を取り払う為に、役立つのですか?

    顔にモザイクを掛けても、
    近隣の方や、同じ学校の人は、分かります。
    私なら、里親がテレビに出演する事で、
    その里子さんが偏見に晒される事を、心配します。

    その番組は見て居ませんが、
    里親が、テレビ取材を許可した事自体が、
    私には、理解出来ません。

    養子縁組なら、
    「わが子が家にやって来た」と言う表現で正しいですが、
    里子は、「他人様の子供を、我が家に預かった」です。
    養育費や、年200万以上の報酬付きで。

    国が政策として、里親制度を推進している中、
    テレビや大手マスコミの【誤解報道】は、
    何がしかの意図を感じますね。

    りさりさんが【ひねくれ者】なら、
    私はツイストドーナツです。(笑)

  3. より:

    保育所で保育士が「我が子がやってきたわあ♪」なんて言ったら「頭大丈夫か?」と確実に心配されるでしょう。

    保育所も「児童福祉施設」で、里親制度も一緒のようなもんで児童福祉法の下で養育されるものですから。

    「我が子ねえ…………」です。

    これを「我が子」と言ってしまったら、一時保護所の子も「我が子」です。

    施設経験者と元里子と、里親がガッツリと手を取り合って「さあ、世間の皆さま!」と偏見やら差別を少しでも解いていくのが本来の姿で、私もそう望みますが、その前に社会的養護出身者と里親がいがみ合っているというワケワカラン状態です。

    むしろ、世間と同調して偏見と差別を煽ってるよねです。

    要保護児童の問題点を理解しているのであれば、里親は我々とそんな変わらない意見になるはずなのですが、なんでこうなるのでしょうかねえ。。。

    求める子供像がガッツリ共通していて怖いです。

  4. maron2009 より:

    >あさん

    そうですね。
    保育所も里親家庭も児童養護施設も、
    【親が充分に監護出来ない子供】を預かる、児童福祉施設です。
    保育所の保育士も、施設の先生も、里親も、
    預かっている児童への立場は、同じです。

    そこを勘違いしてしまう残念な人が、里親に多いのは、
    専門性の低さから来ていると、私は思っています。

    福祉人としての専門性があれば、
    【善意】
    【ボランティア】
    と言う言葉は、口が裂けても、出て来ない筈です。

    専門職としての【誇り】と、趣味の【自己満足】は、
    似て居るようで、全く異なる性質の物です。
    ボランティアを自称する、アマチュアの【善意】より、
    専門職の【誇り】の方が、信用出来ます。

    仰る通り、里親が【里子が抱え易い問題】を理解しているなら、
    両者の意見は、ピタリと一致する筈ですね。

    しかし、私達が、元里子として述べる意見は、
    里親は、受け入れられないようです。
    宇宙の果てまで平行線だと思います。

    外堀から埋めて行くしか、ないでしょうね。

  5. 緑の風 より:

    一人の里親で、二人を幼児から育てているものです。
    養育里親の役目は、特養や養子になれない子でも愛着形成が養われるようにいうことと、健全な家庭のモデリングとして存在することに意義があるのですが、残念ながら本来の資質を備えている里親さんはそう多くはないのが現状です。難しい子を嫌がるのです。
    なので思春期以降(初期含む)の場合、要望の多い里親よりも児童養護施設の方が過ごしやすいのではないかと考えるようになりました。

  6. gladiolus2009 より:

    >緑の風さん

    私は親への愛着が形成された子供だったので、親以外のオトナは「他人」でしたね。
    私が里子になった時代は幸運にも「東京養育家庭の会」が出来る前で
    例の「愛着障害」大好きソウルメイト集団が台頭する前だったので
    私を預かった里親らは「愛着障害」という言葉を知りませんでした。
    そのおかげで私は「愛着障害」と言われたことはないですが
    もし彼らが「愛着障害」という言葉を知ってたら私は間違いなく「愛着障害」にされたでしょうね。
    施設の担当保育士にしがみついて「ここにいたい!よそに行きたくない!」とギャン泣きする子供を
    彼の愛着対象である保育士から力づくで無理やり引き離して人さらいのように里親委託した場合でも
    里親(愛着対象以外のオトナ)になつかなければ「愛着障害」と言われるのでしょう。

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