「里子」というレッテル貼り

gladiolus2009 による 7. グラジオラスの場合 への投稿 (7. グラジオラスの場合)

ある元里子の方(仮名Aさん)の話。

里親の下にいた頃は「里子だから」とレッテルを貼られた。

この「里子だから」には多くの意味がこめられてる。

「かわいそうな子どもだから」
「愛情に飢えた子どもだから」
「複雑な事情を背負った子どもだから」
「不幸な子どもだから」
「ヒドイ親に育てられた情緒障害児だから」
「施設で育ったせいでウソをついたりオトナを苛立たせる障害を持ってるから」
「DQN親のDNAを受け継いだDQN児童だから」

Aさんの言動はすべて「里子だから」という魔法の言葉に結びつけられ
いつしかAさんは里親が貼りつけたこのレッテルを内面化した。

オトナになったAさんが自らの子ども時代をふりかえるとき
自分をみじめに思うようになったのは里親に委託されてからだと気付いた。
それ以前は自分をみじめに思うことはなかった。

Aさんが成長過程で内面化した「みじめさ」は
自称「善意のボランティア*」の里親によって植えつけられたモノだった。

今、Aさんの周囲にAさんが里子だったと知るヒトはいない。
Aさんがミスをすると「ゆとり」「平成生まれ」の言葉に結びつけられる。
イラっとするが「里子」というレッテルを貼られてた頃のような「みじめさ」はない。
Aさんに「ゆとり」のレッテルを貼ってイケズをするヒトは
たとえ年齢や役職に上下はあっても、どんなにイヤなヒトでも
基本的にAさんを「自分と対等なヒト」と見なしてる。
「対等なヒト」として攻撃されれば不快感や怒りは覚えるケド、自尊心は傷つかない。
でも「おかわいそうに」と下に置かれれば自尊心はズタズタになる。

※ ※ ※ ここまでAさん談のまとめ ※ ※ ※

以下、私の感想。

成長過程で健全な自尊心が育たないと自己評価の低いオトナになる。
自己評価の低いヒトは「他者による評価」に異常なほど気をとられる。
「他者による評価」の中のみに生き、神経をすりへらして疲弊する。

この「他者による評価」のみを自己肯定の材料にして疲弊してる段階で
自己の問題を自覚しないで内省を経ないままに年齢を重ねると
「他者による評価」という名の「鎧」でガチガチに全身を覆い
その「鎧」をピカピカに磨き上げるコトに執着するようになる。

「里親の社会的評価」を異常なほど気にかけて血道をあげる里親たちの病理は
彼らの子ども時代に淵源があるのだろうか。

※里親には最低でも年200万円以上(専門里親になると300万以上)の手当てが支給されます。
それとは別途に、里子にかかる経費(医療費、タクシー代などの通院交通費、塾費用、給食費、
学費、進学費用、クラブ活動費、学習指導費、修学旅行費、暖房費、里親宅のリフォーム費、
ベッドやパソコンの購入費などなど盛りだくさん)が支給されます。

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コメント
  1. しっぽ より:

    杉並の里子殺害事件を検索していて、こちらのブログを見つけました。
    今まで、里親というのは、奇特な人で、わずかな補助はあるものの身銭を切って献身的に里子を育てているのだと勝手に思い込んでいました。ブログで実情を知りびっくりしました。
    私の勝手な思い込みも、テレビの影響が大きいと思います。被虐待児を献身的に育てたアメリカの里親の話を見たことがあるし、日本で里子を殺した里親のことを「虐待されていた子供を育てるのは本当に大変。こんな事件は例外的で、殆どの里親は里子のために一生懸命やっている」という趣旨のことを里親会か何かの人が言っていましたから。
    そもそも、里子を実子同様に扱うのは、よっぽどできた人でないと無理ですよね。
    里子1人に年二百万以上のお金を出すのなら、経済的理由で施設に預けている人の子供は、赤の他人ではなく、実親に里親委託すればいいのに。

  2. MADOMADO より:

    こんにちわ。
    みなさんは今日もお元気でしょうか?
    日々の暮らしと この活動とのバランスは難しいと思いますが、お体と相談しあって無理の無い範囲で続けてくださいね。。

    里親杉並区里子虐待死亡事件で大きく報道されていたので
    最近はいたる所で記事やニュース見ます。
    この前の 日本テレビのスッキリで取り上げられた時はきちんと 
    【里親は国から報酬が支払われます】きちんと言ってました。
    税金でまかなわれている事を知れば、シビアに判断出来ます。

    グラジオラスさん達の活動は すごく長い道のりで 色々な障害を経てきてますが
    その苦労もけして泡とは消えず 足跡を残しているのだと思いました。。

    に、しても鈴地容疑者は
    ここで書かれている様な里親像とピッタリ当てはまる人物だと思いました。
    この犯人も里子との生活をブログに残していますが、、
    表現は【里子】です。
    けして 名前で呼ぶことなく 周りにも自分から率先して里子を引き受けたと
    言い回っていたそうです。
    実子のようにでは無く 亡くなった みゆきちゃんは里子としての愛情を受けて居たんだと思います。

    私たちは成長していく過程で 様々な
    【レッテル】見つけ 貼り付け 優越感に浸ります。
    それは 貧乏、母子家庭Or父子家庭、親が居ない、汚い、不潔、暗い、キモイ、、、
    いつの場面でも自分の中でカテゴリー分けをしています。
    レッテルによって接し方 言葉使い 要求、態度を変える。。

    レッテルを貼られ 虐げられた人は 自尊心を奪われ
    自尊心がなくなると 他人に依存し 他人の中でしか自分を見出せなくなります。
    自分を守る術を持たないまま大人になり
    人に支配される中でしかいきて生きれない事も多いです。
    よって悪循環に陥りやすい環境になりなすよね。

    普段の生活で他人の自尊心のレベルについて気づくことは少ないですが
    不遇な環境で育った過去や、自尊心の低下は 大抵は気づくことは無いと思います。
    自尊心の欠如から他人に依存している人をみると

    他人はどうしても
    【悲劇のヒロインぶっている、、自業自得、、】等との声をよく聞きます。。。

    結局は自分本人が気づいて 軌道修して行かなくちゃいけませんが
    本人の力だけじゃどうにもならない事も 多いことも確かですよね。

    この様に一度崩壊した依存心を取り戻すのは並大抵の以上の努力が必要で
    周りの理解、助けが必要になりますよね。。
    でも 何度も裏切られている 里子の方や、施設出身の方
    虐待を受けた方は
    素直に(言葉のまま)助けを求めるとも出来ないですよね。。。。

    感情のままに意味も無く書いてしまって すみません。。

    里子側の活動は やはりこれからも 長く険しい道のりだと思います。。。

    でも皆さんの活動で
    時間は掛かりますが 周りの認識が変われば
    世間の目は里親に対して厳しくなり 地域の方たちに守られる様になると思います。

    でも 皮肉なことですよね、、、
    子供を守り育てる 里親家庭から 子供たちを見守らなきゃいけなくなるなんて。。。

    どの立場であれ 子供を虐待から守るには
    第3、第4の目が必要な事は確かです。

    私にも出来ることはあると思いますので
    しっかりと 考えて行きたいと思います。

  3. ぢぃ より:

    先日は、私の稚拙なコメントにわざわざご返信くださり誠にありがとうございました。

    このブログと出会い、読み、感じ、色々と現実を知り、なんだか胸につかえるというか、モヤモヤした感覚を覚えました。

    前々から違和感を感じていたのですが、里親制度に賛成(というか表面的にはブログ主様をやんわり批判したり、いかにも真っ当な里親を持ち出したり)なさる方々の論点の違いというか、話のすり替えというか、私は正直ブログ主様の悲痛な心の叫びを、そういう方々のコメントを通じて、更に感じてしまう現実があります。

    「真っ当な里親もいるんだ!」と、正論を言っているつもりかもしれませんが、そういう里子はそれは幸せかもしれませんし確かに存在すると思います。その比率はどれくらいなのかは把握しておりませんが、たとえそれが「99%」でも、「1%」の不幸な里子が存在するなら、制度の欠陥や問題点、改善点を議論し、制度を変えていく事が正常な国だと思いますし、日本という国はそういうレベルの国家であるべきです。

    見えない心の傷を負った里子さんも含める(これも改善出来る事だと思います)と、とてもとてもこの制度が正しく運営されているとは思えません。表面に出ない事なんて山ほどあると思いますし、先にも書きましたが、里親側の意見を聞けば聞くほど、その想いは強くなります。元々が弱者対強者、与える側と与えられる側、選択者と選ばれる者、血縁と他人、そういう構図の元にある制度なのに、ただでさえ立場も権利も環境も小さい里子さんが、声の出せない里子さん自体が声をあげる事がほとんど無い(出来ない)制度なのに、変えるべき事なんて百も承知なのに、なぜ変えないのか。

    ボランティアなどの制度、精神の育っていない国だという事もあるのかもしれませんが、未熟だからこそ多額の金で「里親制度」を持たせようと(良く言えば育てようでしょうが)する事によって、余計「金目当て」の人しか集まらない現実じゃ、この制度そのものが欠陥と言えるのではないか、とさえ思ってしまいます。

    前のコメントにも書きましたが、私は子供もいなく、幸いそれなりに苦労なく生活出来ています。夫婦で、一時的にせよ、震災孤児を引き取ろうと考え、妻と相談し、里親について色々と調べ、現実を知り、また、里親の意味(お金などではなく、人ひとりの人生に深くかかわる事です)を再考し、躊躇した経緯があるのですが、里親に実際なられた方々は、どういうお考え、経緯でそういう事をやろうと思ったのか、里親を行なう事にどういう覚悟がおありなのか、そういった点が、里親側のコメントから全然見えないんですよね。

    「手当はあてにしてないし足が出てる」とか、「里子を平等に扱ってる(これなんかはただの自己満足です。里子はそう言わざるをえない環境)」とか、「ウチの場合は未だに交流あるし実際幸せ(これで今現実不幸な里子が救われるわけではない)」とか、他にも色々ご意見あるんでしょうが、そういった事じゃなくて、里親としての覚悟や、もっと書くなら、異常な里親へ対して、ブログ主様同様怒りを覚えるべきだと思うんですが。

    このブログに書かれている問題点、改革するべき事、異常な犯罪者に対して、ブログ主様に賛成、賛同する事が、真っ当に里親をやられている方々の正当な行為だと思うんですが、私の考えはおかしいでしょうか。

  4. ぢぃ より:

    連続コメント誠に申し訳ありません。

    支離滅裂なコメントになってしまった事をお詫びいたします。申し訳ありません。

    何が書きたいかと要約すると、実際、犯罪を犯す里親がいて、またブログ主様の実体験としての里子の立場での経験を踏まえ、里親制度の問題点を提唱している中で、「なぜそれを批判するのか」という事なんです。「里親制度を擁護」する事は、そういう犯罪者を糾弾する事や、制度の問題点を見つけ、改善して行き、またそれはブログ主様にに同意、同調する事ではないのか、という事です。

    あくまで、想像なので批判は甘んじて受けますが、もし私が里親経験者、現在里親を実際行っていたら、犯罪者は許せませんし、「里親をやる」という大きな覚悟と、私にはとても越えられなかった大きな壁を乗り越えて、里親というものをやっているなら、ブログ主様の経験を知るにつれ、「そういういい加減な里親」に腹が立って、ちゃんとやってる(つもりかもしれませんが)自分まで批判されているようで、そういう欠陥のある制度に腹が立ち、犯罪者に腹が立ち、ブログ主様を批判や、あまつさえ、制度自体を擁護したりする事はないんじゃないかなぁと思いました。

    真っ当にやってるプライドがあるなら、余計、制度自体を換えて欲しいと思うし、そういう馬鹿(失礼)里親を排除するようにしてほしいと願うんじゃないかと。

    制度を擁護したり、ブログ主様をどういうった形でさえ批判するのは、犯罪者や不幸な里子を生み出す里親制度の欠陥を擁護推奨しているという自覚がおありなのか、と思います。「でも私の場合」とか「実際は」とか「施設の場合は」とか、どういった話でさえ、今現実不幸な境遇にいらっしゃる里子さんを救う事にはならないのです。

    どちらが現実的で、建設的なんだろうと感じます。

    重ねての長文失礼致しました。

  5. なみ より:

    私は里親家系子供で
    里子と育ってきたけど
    そんなレッテルなんて
    貼ってないしww
    大事な家族やし!
    てか、私より里子の方が
    大事にされてた気がするしww
    里子だからと甘えてるのは
    そっちやないと?
    この書き方に悪意を感じるぜ
    こっちの大変さもしらんくせに

  6. 里親希望 より:

    養育里親を希望している者です。
    現在50代の夫婦で、養子縁組をする場合年齢的に難しいようで、里親を希望しています。
    ここには里子の経験者がいらっしゃるようなので、お聞きしたいのですが、国などから支給される生活費は里子の為に使わせて貰う事にしても、里親手当については将来里子が大学進学等を考えている際の足しになれば良いかと全額貯蓄しておこうと思ったりしてますが、里子の場合、途中で実親の元に帰って行く事を考えた場合、このような一般的な実親のような行動は、里子にとっても実親にとっても迷惑(重い)になってしまうでしょうか?
    又、急に子供をとられてしまう!と言うような、気持ちになってしまって、その時が来てショックをうけてしまわないように、里子の事はなるべくよそから預ってるお子さんとして接した方がいいのでしょうか?
    一般家庭と言う物がどういうものか経験させて上げるところとして、里親制度があるのでしょうが、この辺の気持ちの持ちように悩んでしまいます。
    児童相談書で相談すれば良いのでしょうが、実際に経験者から聞いてみたくて書き込みました。

  7. gladiolus2009 より:

    >しっぽさん

    里親サイドが宣伝してる「実子同様に」という「売り文句」そのものが、そもそも間違ってる思うんですよね。
    養育里親は要保護児童が家庭復帰するまでの「一時預かり制度」であり、養子縁組ではありません。
    養育里親に委託されてる児童の多くは実親がいて、親権者の同意や保証人は実親がなってます。
    養育里親の社会的役割は児童相談所の「一時保護所」にかぎりなく近いモノであり
    里親の「子育てをしたい」とか「他人の恵まれない子どもを育てることで成長したい」とか「社会貢献したい」とか
    「実子に思いやりの心を育むために『弟妹』を与えたい」という願望をかなえるための制度ではないのですが
    現状は「里親のための制度」になってると感じます。
    「実子同様に愛情を注いでます」というキャッチコピーが「事実」だとするなら
    養子縁組して18歳以降も「実子同様」に責任のある「法的な親子関係のある家族の正式な一員」として
    賃貸契約や就職の保証人になったりすると思いますが
    現実に起きてる事例の多くは「措置終了と同時にサヨウナラ」で
    里親宅を出ると同時にホームレスになってしまう里子もいるワケでありまして。

    里子が措置終了を迎えるまでは実子同様に扱う「よっぽどできた人」はいるかも知れませんし
    現状で期待できる「良い里親」の最大値は、その手の「よっぽどできた人」になってしまうと思いますが
    里親制度の本来あるべく理念や、措置終了後の里子たちが「実親しかアテにできない」現実を考えると
    要保護児童の「親子関係の再構築」をサポートできるスキルと専門性こそが必須条件であるべきだと思います。
    そういうスキルを有する有資格専門職は施設や自立支援ホームなどには配置されてますけど
    そのような人ほど「里親」にはなりません。お察しください。

    養育里親に委託されてる児童の親が「養育困難」に陥った理由はいろいろありますが
    もっとも多いのは「経済的理由」であり「母子家庭の貧困」です。
    経済的困窮に陥った母子家庭の子どもを母親から引き離して赤の他人に預けて2百万円を出すくらいなら
    そのお金をダイレクトに「母子家庭の支援」に注ぎ込んでほしいと私も思います。

  8. gladiolus2009 より:

    >MADOMADOさん

    こんにちは。
    鈴池静容疑者は「異形の里親」ではありません。
    里親業界では珍しくもない「よくいる養育里親」の典型例です。
    「かわいそうな子どもを育てるアタクシ」という自画像を思い描くことで自尊感情を保ち
    それで獲得できる「社会的評価」によって自己肯定感を得て承認欲求を満足させてる人です。
    そういう人々の下で育った私には非常にわかりやすいタイプです。
    一種の麻薬ですね。
    自己肯定感を得る→自尊感情を肥大させる→より強力な自己肯定感を得るために、
    より大きな「社会的評価」を得ようと自画像を誇張する、その無限ループにハマった人です。

    養育里親の思い描く自画像は「里子の深刻な問題に対処するアタクシ」です。
    里子の問題が深刻であればあるほど里親の自画像は「より華やかに」なります。
    一度その「麻薬」の味をしめると、より強力な快楽を求めて
    彼らの語る「里子の問題」はどんどんエスカレートして引っ込みがつかなくなります。
    代理ミュンヒハウゼン症候群(子どもに毒物を飲ませるなどして「原因不明の難病」に仕立て上げ、
    献身的に看護することで社会の注目を集め承認欲求を満足させる代償行為)の病理と同じです。
    承認欲求は誰もが持ってる自然な社会的欲求ですが、養育里親に立候補するレベルの人は
    もう「病理」と呼んでもいい程こじらせて重症化してる人が多いと感じます。
    彼らが安心できる環境で、だれも巻き込まず
    ご自身の「ダークサイド」と向き合える日が来ることを祈っております。遠くから。

  9. gladiolus2009 より:

    >ぢぃさん

    里親家庭における児童虐待の発生率は児童擁護施設の約3倍で
    里親家庭のほうが圧倒的に要保護児童にとって危険な場所です。
    そして里親家庭での虐待が表沙汰になると、里親団体や里親個人のブログなどで
    「里子は大変な障害を抱える問題児であり里親は大変な苦労をしている」として
    「努力した結果が逮捕で悲しい」とか「里親も被害者」であるという声明を出します。

    しかし現実は、養育里親に預けられる児童は虐待を受けた経験はなく
    ナントカ障害という診断を受けたこともない「育てやすい子どもたち」です。
    施設のほうが「虐待などで心に深刻な問題を抱える子ども」が多いのですが
    施設での虐待が報道されても、施設職員が「施設児童は問題児であり
    職員は大変です」みたいな言い訳をするのは聞いたことありません。
    施設職員が子どものせいにして虐待した職員を擁護したり
    罪を軽くするために署名を集めたという話はありません。

    この違いはどこからくるのでしょうね?

  10. gladiolus2009 より:

    >ぢぃさん

    先のレスのつづきになりますが、里親制度を「盲目的に」擁護して
    その問題点を指摘する者を黙らせよう、抹消しようとする人は
    子どもの幸福よりも「里親の社会的評価」のほうが大事なんだと思います。

    かつて「里親制度の先進国」と呼ばれた欧米諸国では
    現在では「施設でもない、里親でもない、永続的な家庭」としての「養子縁組」の斡旋、
    もしくは「グループホーム」を中心とした家庭的環境の小規模施設、
    もしくは「親族里親」を後見人とした社会的養護に方針転換しております。
    里親委託された児童の追跡調査や養子と里子の比較調査などが行われ
    養育里親に委託された児童の10年後、20年後の社会的予後は
    養子として育てられた者よりも「有意に悪い」という統計結果があります。

    ほかの方のレスにも書きましたが、統計的な傾向に基づいた提案をしてるのに
    「私は里子にこんなことをしてあげました」だの「私の知ってる里親は良い人」だの
    証拠もないレアケースを持ち出して感情的に噛みついてくる「議論のルールも知らない人」は
    相手にするだけムダだと思っております。

  11. gladiolus2009 より:

    2012年3月13日にコメントをくださったTさん
    ありがとうございます。
    さきほどメッセージを送信しました。
    なりすましではなく本物の私です。
    大変遅くなってしまって申し訳ありませんでした。

  12. gladiolus2009 より:

    >なみさん

    里親家庭の「実子」として辛い子ども時代を過ごされたのですね。
    あなたが「里子」という存在そのものに憎悪を抱くにまで至った痛みをお察しします。
    子どもはオトナの欺瞞を飲み込む義務はありません。素直に怒りを抱いて良いんですよ。
    里親制度の問題点として考えなくてはならないのは
    里子だけではなく実子の心の問題も根が深いと感じております。
    とある東京養育家庭の会の養育里親の方が
    「里子を迎えたことで実子がおかしくなったら里親を続けられないから
    いつも実子を優先してる」と書いておられましたが
    ある日とつぜん「他人の子ども」が家庭に入ってくることで
    実子が「親をとられるかも?」という嫉妬や不安に苦しみ
    親が養育里親にならなければ「経験しないで済んだ苦労」を味わわされ
    里子への憎しみや怒りを募らせ、あなたのようなオトナになってしまう。
    実子にとっても里子にとっても健全な心を育める環境ではないと思います。

  13. gladiolus2009 より:

    >里親希望さん

    養育里親の廃止を希望している者です。

    >現在50代の夫婦で、養子縁組をする場合年齢的に難しいようで、里親を希望しています。

    そうですね。
    現在50代の夫婦が幼児を養子にしたら、その子が成人する時は70代の老人です。
    体力も気力も衰え体のあちこちが故障した御老体、ヘタすれば要介護老人です。
    子どもが成人した後のことなど「その子の一生涯に渡る幸福」を考えれば
    養子縁組を希望する養親に年齢制限があるのは当然です。
    ヒトの一生は「かわいい子ども」時代よりも成人後の人生のほうが長いし
    とくに18歳からの数年間はその後の人生を左右する大事な時期ですから。
    また、養親を「お父さん、お母さん」と呼んでも奇異に見られない年齢であることは
    子どもの心の健やかな成長という側面において無視できない重要事項でしょう。

    要保護児童の親は彼らの親(児童の祖父母)から支援を受けてない事例が多いそうです。
    親との死別、病気や障害、物理的に近くにいない、親子の折り合いが悪いなどの理由で
    親(祖父母)のサポートを受けられない親の子どもは要保護児童になりやすいんですわ。
    それを踏まえた上で「里子」なら50代の高齢者でもよしとお考えになる理由は?
    実子でも養子でもない里子だから、その子が「かわいい子ども」である間だけ
    人ひとりの人生に対する責任を問われないお気楽な子育てをできればよい、
    その子の成人後の人生がどうなろうと関係ない、
    措置終了後は野となれ山となれ、とお考えでなければよろしいのですが。

    >一般家庭と言う物がどういうものか経験させて上げるところとして、里親制度があるのでしょう

    私が里親制度の理念とやらに覚える最大の違和感はコレなんですよね。
    家族の正式な構成員として「恒久的な居場所」や「母港」になる覚悟もなく
    ただ「一般家庭と呼ばれるモノの雰囲気を経験させてあげる」だけなら
    乳児院や児童養護施設でも潤沢な資金と人員が揃えば実現可能だし
    現にユニット制や担当制の普及で「家庭的な養育環境」を提供する施設が増えてる。

    あなたは「一般家庭というものを経験させてあげる」とか簡単に言いますが
    あなた様の御家庭が他人様の子どもにとって「施設よりも良い」とする論拠はありますか?
    物心つく前から施設で育った方が実親家庭に復帰したものの
    「施設に帰りたくてホームシックになった」という話もあります。
    私に言わせれば「一般家庭」ほど千差万別で「クセ」の強い場所はないと思いますよ。
    施設が淡いパステルカラーの空間だとすれば、一般家庭はビビッドな原色です。
    「鈴木さんの家庭」と「佐藤さんの家庭」は別世界なんですよ。
    そして「鈴木さんの家庭」で内面化したことは「佐藤さんの家庭」では問題視される。
    鈴木家カラーに染められたことが、佐藤家に復帰・適応する「障害」になったりする。

    普通の「一般家庭」というモノは他の「一般家庭」からすると「イビツ」であり「異質」であり
    それに適応して暮らすのは子どもにとっては国が変わるほどの負担なんですよ。
    里親側の宣伝に「子どもたちは里親を求めてます」みたいなフレーズがあるけど
    あれこそ真っ赤な「虚偽」であり里親制度の「欺瞞」そのものだと思います。
    乳児院や施設で暮らす子どもたちが欲してるのは「安心」とか「安定」であり
    子どもの言葉では「みゆき先生(職員)と一緒にずっとここで暮らしたい」とか
    「お母さん(実親)とまた一緒に暮らしたい」であり、そこに帰結する。
    「一般家庭を経験させてあげる」なんて思い上がりも甚だしい。大迷惑です。

    高年齢になれば施設を息苦しく感じて「里親家庭」に夢を見るケースもあるかも知れないけど
    それは「一般家庭」の子どもでも中学生になれば「親もと以外のどこか」に居場所を求めて
    家族といるよりも友達といるほうが楽しく感じるのと同じ現象で、成長過程の一段階だと思います。
    そういうセリフをたまたま「施設で暮らす子ども」が口にしようものなら
    鬼の首を取ったように「施設ガー!」といつもの施設バッシングを喚き立て、
    「すべての子どもたちを里親家庭に」といつもの里親節を展開します。
    言語化できない子どもたちの「この安心できる環境を変えないでほしい」という願いは届かず
    声の大きな里親たちが喚き立てるシュプレヒコールだけが高らかに鳴り響く。

    里親は自ら立候補して里親になりますが、里子は自ら希望して里子になるワケではありません。
    ワケもわからぬまま人さらいのように連れて行かれて他人の家に放り込まれ
    圧倒的な力で他人の家の型に押し込まれて他人の家の色に塗りたくられて「自分」を捻じ曲げられる。
    里親は「里親の苦労」ばかり主張しますが、里子だって苦労してますよ。
    オトナと違って言語化できないし、子どもは自分が抱える苦しみを「人のせい」にしないだけです。
    他人の家庭に適応して暮らす中で舐めた辛酸は、今となっては意味のない無益な苦痛でした。
    里親家庭で奪われた私の時間と労力と擦り減らした神経を返してほしいです。
    親と交流のある子どもは施設で育てられるほうがベターであると思います。
    親に恵まれなかった子どもは「特別養子縁組」で「永続的な家庭」で育てられ
    成人後も「実子と同等の権利」と「地位」を保障された人生を歩めますように。

    >里親手当については将来里子が大学進学等を考えている際の足しになれば良いかと全額貯蓄しておこうと思ったりしてますが

    私は里親宅を出て社会に出た後、大学に行きました。
    勉強したくて進学したのに学費と生活に追われて夜はバイト、
    疲れて講義中は寝てるという本末転倒な学生生活でしたが
    わずかばかりの金額ですが親から援助がありました。
    里子を預かることで毎年200万以上の非課税所得を受給してる里親にしてみれば
    はした金ほどの金額だとは思いますが、その「はした金」に私は救われました。
    当時の私にとっては生死を分ける命綱だったので本当にありがたかったです。
    うちの親は裕福ではないので世間一般の感覚では「はした金」でも
    彼女が捻出できるマキシマムであることはよくわかってました。
    金額の多寡ではなくその気持ちが嬉しくて親の愛情を感じたりしました。

    親は私を育てなかった負い目があるのかも知れませんが
    奨学金の返済は「私(母)が働ける間は」といって肩代わりしてくれてます。
    親が第三者にそのことを吹聴するのは聞いたことがありません。
    「私は育てなかった娘の奨学金を返済してますが、一般的な子どもを育てた親のような行動は
    娘にとって迷惑になるでしょうか?」みたいに質問を装って良い親アピールする姿は想像できません。

    >里子の事はなるべくよそから預ってるお子さんとして接した方がいいのでしょうか?

    「赤毛のアン」のマリラとマシューに感銘を受けたのは、彼らに「欺瞞」がないところでした。

    自分たちが年老いて農作業がきつくなったので、その手伝いをしてくれる男の子がほしい。
    そのかわり、きちんと教育は受けさせる。

    そこには「実子のように」だの「家族になる」だのといった「欺瞞」はありません。
    「社会貢献したい」とか「一般家庭を経験させてあげたい」みたいなキレイゴトもない。
    労使のような「ギブ・アンド・テイク」で成立する関係で始まり
    「お母さん」でもなく「叔母さん」でもない「マリラ」と名前で呼び合う関係。

    欺瞞のないオトナたちと対等な契約関係にあり、それを両者が納得してたから
    アンは「安心」してそこに居場所を見出し、彼らと信頼関係を築けたのではないかしら?
    もしマリラが大上段から「孤児に一般家庭の愛情を」などと言ったとしたら
    聡明なアンは一瞬で里親の「欺瞞」を見抜いてドン引きしたことでしょう。

    ま、アンの時代は「一般家庭」でも子どもを労働力としてアテにしてたし
    里子を奴隷のようにコキ使うことは社会的に許容されてました。
    当時の孤児院は劣悪な環境で「施設病」が蔓延し子どもの死亡率が高く
    里親の下で奴隷労働させられても孤児院よりはマシだったのかも知れず。

    でも現代日本の施設はそこらの「一般家庭」よりも恵まれてるし
    いまどき「施設病」なんて天然痘レベルの絶滅種で流行らないし。
    要保護児童が養育里親に預けられるメリットってあるのかしら?

    里親側のメリットならいろいろ考えられますね。
    マリラは当初、農作業の手伝い、労働力として里子を欲しがった。
    現代日本の養育里親は金銭や労働力、性欲処理が目的でなければ
    「里親の精神的充足」のために里子が欲しくて欲しくてタマラナイのよね。
    里親が「善意」で「社会貢献」して気持ちよくなるためのツール、
    「親に捨てられて施設にいる、おかわいそうな子ども」としての里子。
    あるいは、空の巣症候群の寂しさを埋めるペットとしての里子。
    さもなければ、大家族気分を楽しむためのエキストラとしての里子。

    上から下まで里親の「欺瞞」によって成り立ってる今の「養育里親」制度の中で
    アンとマリラのように最初から「欺瞞」のない関係を築けると思いますか?
    里親の「ニーズ」を世間にも里子側にも公にして「他人の子」として扱う覚悟がありますか?
    「私は低年齢の子ども限定で、措置終了後の責任を問われずに
    ペット感覚の気軽な子育てという『趣味』を楽しむ目的で
    製造者責任をとらないでいい『他人の子』を預かりましたー」とか公言できますか?
    それに対して里子側が(あなたと対等に意見を言える立場で)納得すると思いますか?
    その契約のどこに子どもが背負うリスクに釣り合うだけのメリットがあるのでしょうか?
    子どもの立場で「養育里親に預けられるメリット」がぜんぜん見えません。

    先にも書きましたが「家庭的な養育環境」なら施設で充分可能ですし
    子どもを見守る目が多いことから「密室」にならずに安全です。
    「養育里親」による児童虐待の発生率は、児童養護施設の約3倍。

    施設では「入浴時に男子の股間に象さんの絵を描いた」というケースでも
    内部告発によって都道府県に報告され虐待事例としてカウントされますが、
    里親家庭における虐待で表沙汰になるのは、重症例か死亡例です。
    子どもが入院するほどの重症になるか死亡するまで発覚しません。
    今の日本で子どもにとって最も危険な場所が「里親家庭」なんですよ。
    たった3千人ほどの母集団から毎年コンスタントに残酷な虐待が発生する制度。
    表沙汰にならない虐待の暗数を考えるだけで寒気がします。

    一部の里親がやたらと主張する「子どもが施設で養育される弊害」として
    「愛着障害」だの「試し行動」だのという言説がありますが
    そう主張する里親って「赤毛のアン」の時代の「孤児院」から子どもを預かったのかしら?
    現代の乳児院は担当制で1人の保育士が2人ほどの子どもを担当して養育するそうで
    固定された養育者から声かけ、抱っこ、授乳、オムツ交換などのケアを受けます。
    そこで育てられる子どもたちは担当保育士への後追い行動が普通に見られ
    担当保育士が休みの日はずっと不機嫌で泣きつづける子どももいるとか。
    しっかりした愛着関係が形成されてる証です。
    そうやって「とくに問題ない」「順調に発達してる」とされた子どもが
    里親家庭に委託された途端に「愛着障害」とやらになるというのですから
    世の中には本当に不思議なこともあるものですね。

    どうしても「親に育てられない子ども」のためになにかしたいなら
    施設で職員が児童と向き合う時間を増やすために
    掃除や洗濯、食後の洗い物などのボランティアでもすればいかがでしょうか?

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