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里親から虐待を受けている事を、学校の先生に打ち明けるなんて、
当時の私には、思いもよらない事でした。

虐待が、長期間に渡って日常的に繰り返されると、
子供は自分を責め、罪悪感、無力感、諦めを学習します。
虐待を受けている自分を恥ずかしく思い、
その事実をひた隠そうとします。

私は被害者でありながら、加害者の「共謀者」になって、
虐待の隠匿に協力する役割を担っていました。

里親に折檻されて、顔や腕等の外から見える部分を負傷しても、
学校の先生に怪我をした理由を尋ねられると、
転んだ、ぶつけた、物が落ちてきた等、
無難に思える返事をしていました。

そのうち、ただ「転んだ」「ぶつけた」と答えるだけでなく、
「お母さんに何度もやめなさいって言われたのに、
廊下で滑って遊んでたら、転んで縁側から落ちた」等、
尾鰭背鰭を付けて、もっともらしい説明をする知恵が付き、
その場しのぎの嘘、言い訳を重ねるようになりました。

夏休みの前、N先生がまたB宅を訪れました。

私は階段の上に立って、聞き耳を立てていました。
先生が帰った後、里親に何をされるか考えて、
不安でいっぱいでした。

先生を見送り、家に入ると、里親は私を折檻しました。
平手で張り倒され、殴られ、蹴られ、壁にぶつけられました。
その晩は食事を抜かれ、深夜まで正座させられました。
正座から解放されるのは、家事をする時だけでした。

翌日は1学期の最後の日でした。
学校が終わって家に帰ると、里親は言いました。

「あんたの昼ご飯はないよ」
「あんたに食べさせる物は何もない」

前の晩から何も食べていなかったので、
お腹が空いて、体に力が入りませんでした。
里親がテレビを見ながらラーメンを啜る物音を、
廊下に正座をして、じっと聞いていました。

里親の食事が終わると、後片付けを言い付けられました。

私は食器を台所に下げると、里親の目を盗んで、
残ったスープを啜り、丼の底に沈んだカスを食べました。

それから里親は、家事を片付ける私の手が遅い、手を抜いた等、
言い掛かりを付けては、私に体罰を加えました。
些細な事で、痣になるほど殴られ、蹴られました。
うずくまる背中や頭部を、縄跳びで打たれました。
縄跳びで打たれると、痛くて声も出ませんでした。
私は何度も謝りましたが、許してくれませんでした。

明日から夏休みなので、里親は手加減をしませんでした。

「“あの女”に告げ口できなくて残念だねえ」
「この恩知らずのガキを、どう懲らしめてやろうか」

私を折檻しながら、里親は笑っていました。

里親が、N先生の訪問にまだ腹を立てている事、
私が先生に告げ口をしていると疑って、許していない事を悟りましたが、
どうする事も出来ませんでした。

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爪と肉の間を目打ちで刺される事は、
それまでの短い人生経験の中で、最も酷い肉体的苦痛でした。

私は泣き声を出さないよう気を付けて、すすり泣きながら、
里親に何度も謝りましたが、許して貰えませんでした。
両方の足の親指に、同じ事をされました。

洗面所の床に、血液が落ちていました。
里親は、雑巾で拭き取るよう言い付けました。

足の親指の傷から出血していたので、
雑巾で拭き取る側から、床に血液が付着しました。
里親は、私に汚い雑巾を投げ付けて、
床が汚れる、傷口を押さえてろと言いました。

その後、台所の入口の前の廊下に、正座させられました。
季節は5月か6月だったと、記憶しています。
お風呂上がりでしたので、私は一糸纏わぬ姿でした。
髪の毛から冷えた水が滴り、背中や肩に流れました。

正座をしている所為で、脚は痺れても、
目打ちで傷つけられた患部は熱をもち、ズキズキ疼いていました。
里親は、夕食の支度で台所にいたので、
脚を崩したり姿勢を変えるのは、不可能でした。

里親は、私を放っておいてくれませんでした。
思い出したように私の前に立っては、罵声を浴びせ、
小突く、蹴飛ばす、太腿を踏み付ける等、罰を加えました。

夜になり、男里親が帰って来ました。
私が全裸で廊下に正座している事に気付いても、
嫌な物を見るような目で、チラリと見ただけでした。

里親達の食事が終わり、後片付けを言い付けられました。
正座から解放される安堵から、喜んで従いました。

後片付けが終わると、また同じ場所に正座させられました。
テレビの音や、里親達の会話が、くぐもって聞こえて来ました。

里親が、食べ物や飲み物を取りに台所に入って来ると、
私は緊張し、姿勢を正しました。
そんな私を見て、何もしないで去って行く事もあれば、
嘲笑ったり小突いたり蹴飛ばして行く事もありました。

やがて、照明が消され、家の中が暗くなりました。
里親達が寝室に入ったのは、気配で判りました。

私は足の痛みの他に、空腹と寒気に襲われていました。
寒さで震えが止まりませんでした。

いつの間にか、居眠りしていました。
怒鳴り声で、目を覚ましました。
目の前に里親が立っていました。

「部屋に戻れ」

私は痛む足を引き摺って、部屋に戻りました。
深夜0時を過ぎていました。

その週は、学校が終わってから夜中まで、正座させられました。
正座から解放されるのは、家事をする時だけでした。

しかし、私が堪えたのは、正座をさせられる事ではありませんでした。
食事を抜かれる事が、最も耐え難い罰でした。
週明けまで、一切食べ物を貰えませんでした。

学校給食が命綱でした。

先生が帰ると、里親は私を折檻しました。
私が先生に告げ口をしていると思っていたようです。

靴を脱いで、上り框に上がると、突然背中を蹴られ、転倒しました。
里親は私の髪の毛を掴み、廊下の奥に引き摺って行きました。
「立て」と言われて立ち上がると、腹部を蹴られました。
その弾みで転倒し、階段の角に強く背中を打ち付けました。

私は起き上がれず、呻いていました。
里親は、私を何度も蹴飛ばし、踏み付けました。
その間、N先生を「あの女」と言い、汚い言葉で罵っていました。

やがて、気が済んだのか、
「風呂を入れて洗濯物を片付けろ」と言い捨て、去って行きました。

私は、暫く立ち上がれませんでした。
蹴られた所為で胃腸が踊り上がり、吐き気と苦痛が治まりませんでした。
打ったり蹴られた部分が、ずきずきしていました。

しかし、里親が戻って来て、また折檻される恐怖から、
苦痛を堪えて立ち上がりました。

浴室を掃除して、浴槽に湯を張り、洗濯物を取り込み、畳んで片付けました。
里親の怒りがまだ治まっていないのは、気配で判りました。

私は彼女を刺激しないよう、普段より慎重に行動しました。
足音を立てないよう、気を付けて歩き、
物音を立てないよう、静かに家事を片付けました。

終わりましたと報告すると、風呂に入れと言われました。
私の入浴は日曜と決まっており、今日は日曜ではありませんでした。
おかしいと思いましたが、里親を刺激したくなかったので、
何も言い返さず、大人しく入浴しました。

お風呂から上がって、バスタオルで体を拭いていると、里親が来ました。

「そこに座りなさい」

私は裸のまま、脱衣所の床に正座しました。
里親が、目打ちを持っている事に気付いて、
何をするつもりだろうと思って見ていました。

「足を出して」と言われ、片方の足を差し出しました。
里親は、私の足を掴みました。

「いいか、声を上げるんじゃないよ」
「大声を上げても、“あの女”は助けに来てくれないよ、
あんたがもっと痛い目に遭うだけだ」

里親は、足の親指の爪と皮膚の間を、目打ちの先で刺しました。
激しい痛みの為、私は反射的に足を逃がそうとしましたが、
里親は「大人しくしろ!」と怒鳴りました。

「大人しくしてれば、親指だけで勘弁してやる」
「暴れたら全部の指にやるよ」

里親は、爪の下に刺した目打ちを、少しずつ深くして行きました。
私はバスタオルを抱き抱え、顔を埋めて、激痛に耐えていました。

「うちが嫌なら出て行け、“あの女”に養って貰え」
「養って貰ってる分際で、うちのやり方に文句があるのか?」

私は泣きながら、
ごめんなさい、もう二度としません、許して下さいと謝りました。

謝罪しなければならない様な事は、何もしていませんでした。

2009-08-05 21:26:43 | kentの里親宅体験記

何時かはっきり覚えてないが、まだ幼稚園の頃。

僕は床に絵本を置いて、頁をめくってた。
字は読めなかったが、機関車トーマスの絵本だった。

「kent、いらっしゃい、ママが読んであげるわ」

里母に呼ばれた。
僕は絵本を持って、彼女の居るソファに向かう。
彼女は膝の上に僕を、乗せた。

僕は緊張して、彼女に触れないよう身を縮ませる。

彼女は僕に腕を回し、深く座らせようとした。
僕は、彼女と密着するのが、嫌だった。
出来るだけ接触面積を小さくする為、背を丸め、ぎゅっと体を硬くする。

上の空で、彼女が本を読む声を、ほとんど聞いてなかったと思う。
早く終わって欲しかったと思う。

突然、彼女は僕を膝から突き落とした。
僕はテーブルに頭をぶつけて、床に転がる。

ぶつけた頭が切れて、血が流れた。
絨毯の上に、ぽたぽた、血が落ちる。
僕はパニックになって、泣き叫んだ。

その場から、いつの間に、里母は消えた。
彼女が出て行った事に、僕は気付かなかった。

どれくらい時が、過ぎたのか。
ほんの数分かも、知れない。
もっと長いかも、知れない。

玄関が開く気配に、ビクリとした。
足音が、リビングに、転がり込んで来た。

「あなた、あなた、kentちゃんが大変よ!」

里母は叫んだ。
その腕が伸びて来た。
僕は怖くて、泣きながら後退り、手足を振り回した。

後ろから誰かに、抱き上げられようとして、僕は再びパニックになった。
泣き叫んで、捕まるまいと暴れた。
パニックになった僕は、里父と里母の区別が、つかなかった。

誰でも同じ、だった。

彼らは、泣き叫ぶ僕を抱き抱えて車に、乗せた。

頭の傷は、出る血の量は多いが、深くなかった。
数針縫う怪我で済んだ。

病院から帰る車の中、僕は泣きやんでたが里母に背を向けて、車の窓に貼り付いていた。

「私が悪いの、私のせいよ、ほんの十分位、この子を一人にして大丈夫と思ったの。私が一緒に連れてけば、こんな事に成らなかったのに。。」

里母が里父を迎えに行く間、僕は留守番してた事になってた。
留守番中、一人で怪我した事になってた。
里母は自分を責めるような事を言い、里父は彼女を庇ったり、慰めたり、してた。

僕は黙って窓の外の、流れては過ぎる風景を、じっと見ていた。