「自傷」タグのついた投稿

ナイフを抜くと、傷口から、血が出た。
痛みは、感じなかった。

里母は、間抜け面で、固まってた。

「お父さんに話せばいいじゃん」

僕は、言った。
彼女の間抜け面が、痛快だった。

「お父さんに電話しないの?」

彼女は、突っ立って、無反応だった。
僕は、居間に、向かった。

血がだらだら流れたが、気にならなかった。
彼女のケータイを取って、突き付けた。

「ほら、お父さんに電話しろよ」

彼女は、泣き出した。

僕は、勝ったような気分に、なった。
爽快な気分で、台所を出て、部屋に向かった。

傷は、痛くなかったが、思ったより深く切れて、かなり血が出てた。
タオルで押さえたら、すぐ血を吸って真っ赤に、なった。

死んでしまうかも知れないと、思ったが、恐怖は、無かった。
ぼんやりと、陶酔感に包まれて、死んでもいいと、思った。

自殺する気は、これっぽっちも、無かった。
ただ、流れる血を見ながら、漠然と、このまま死んでもいい、死んでしまっても構わないと、思った。

階段を上がる、足音が、聞こえた。
ドアが開いて、里母が、入って来た。

彼女は、「病院に行きましょう」と、言った。

僕は、「嫌だ」と、言った。

彼女は、ヒステリーになって、ギャーギャー喚いた。
僕は、意識を離して、聞き流した。

少しぼんやりしてたが、僕は、冷静だった。
彼女が、取り乱して、喚く姿を、小気味良い思いで、見てた。

彼女は、僕を、揺さぶった。

「私にどうして欲しいの?」と、喚いてた。

僕は、「大声を出さないで欲しい」と、答えた。

「分かった」彼女は、声を落とした。「大声を出さないから、一緒に病院に行って」

「嫌だ」

「どうして?」

「行きたくないから」

彼女は、諦めて、出て行った。

暫くして、救急車が、来た。
救急隊員に、「痛くない、歩ける」と、言ったが、担架みたいな物に、寝かされて、運ばれた。

家の前に、消防車が、止まってた。
何故、消防車がいるのか、聞いたが、無視された。

救急車の中で、里母は、僕が、自分でやったと、説明した。
僕は、救急隊員の前でも、医者の前でも、自分でやったと、言った。

広告

自傷の初期は、太腿を拳で叩いたり、爪を立てたり、掴んだり、引っ掻いたり、した。
やがて、鋏とか刃物を使うように、なった。

血を拭いたタオルは、ベッドの下に隠した。
衣類や布団に、血を付けてしまう事も、あった。

翌日、帰宅すると、ベッドの下の、血の付いたタオルや下着は無くなって、シーツや布団カバーは洗濯した物に、替わってた。

里母は、何も言わなかった。
僕と彼女は、不可侵条約の下、平和的な関係を築いてた。

平和的関係の合意は、対等じゃなかった。
強国が、弱小国に押し付ける、不平等条約だったが、僕は、その合意に、甘んじた。

里親に依存しなければ、僕は、生きて行けなかったから。

僕は、衣食住の提供が必要だったが、彼らは、一方的に打ち切る権利を、持ってた。
僕の生殺与奪も、彼らの思うがまま、だった。

里親に委託された初期の頃、僕は、自分の立場を、嫌と言う程、思い知らされた。

彼らは、気分で、僕を餓えさせる事も、寒さに震え上がらす事も、鞭打つ事も、出来た。
言葉通りの意味で、鞭打たれた事はないが、それに等しい苦痛は何度も、味わった。

僕は、得体の知れない中年夫婦のペット、として、平和的に生きる道を、選んだ。
彼らの、飼い主としての権利を認め、その支配を受け入れる事で、当座の身の安全は確保、出来た。

僕が従順な犬でいれば、全てが平和的に、収まった。

ある日、学校から帰ると、僕の部屋から、刃物が、消えていた。
鉛筆立てに立ててたカッターから、机の中にしまってた彫刻刀まで、刃物類が全て、持ち出され、隠された。

里母の仕業だと悟ったが、僕は、何も言わなかった。
何も言わなかったが、怒りが込み上げた。

僕は、スクールバッグから、鋏を取り出して、自傷した。
怒りは強く、派手に切って、派手に血を出した。

翌日、台所で菓子パンを食べてると、里母がやって来た。

「今日、あなたのシーツを洗濯したの。落とすのが大変なのよ、あれ。。」

彼女は、僕の方を見ないで、堅苦しい口調で、言った。
シーツに血が付いてたと言わなかったが、言わんとする事は、分かった。

「お父さんに話すわ。分かったわね?」

彼女が言うのを、僕は、呆然と聞いたが、じわじわと怒りが、込み上げた。

里父は、僕が自傷してる事は、知ってる。
知ってて、見て見ぬ振りを、してる。

しかし、彼女が里父に話せば、彼は、彼女の手前、アクションを起こすだろう。
里父の性格的に、やると決めたら、強引な手段を厭わない。
僕の平和は、掻き乱されるだろう。

そんなのフェアじゃないと、思った。

僕の行いは、異常かも、知れない。
でも、僕が異常なら、彼女も異常だ。

預かった里子を、突き落とし、頭に怪我を負わせた。
足をアイロンで、焼いた。
意識が遠くなるまで、風呂に、沈めた。

当時、僕はまだ、とても幼い、子供だった。
彼女が、無力な幼児に行った仕打ちを、異常と言わず、何と言うのか。

でも、僕は、彼女の異常さを取り沙汰し、責める事は、しなかった。
忘れた振りして、彼女に、気まずい思いをさせない、礼節を、持ってた。

それなのに、彼女は、裏切った。
不可侵条約を、一方的に反故にして、僕に侵略した。

僕は、手近にあった果物ナイフを、掴んだ。
シャツを捲り、腹に突き刺した。

中学の時の記憶は混乱してるが、僕は、あまり問題ない生徒だったと、思う。

僕は、内向的で、臆病で、慎重な、性格だった。
学校では真面目な、グループに属してた。

時折、過呼吸や不安発作を起こして、騒ぎになったが、それを除けば、大人しくて問題にもならない生徒、だった。

里母とは、表面上は、礼儀正しい関係に落ち着いた。
小さかった頃、彼女は散々、僕を虐めてくれたが、その事を、僕がすっかり忘れたと、思ってるようだった。

僕が、ある程度成長すると、露骨な虐めや、意地悪をされる事は、なくなった。

厭味を言われたり、態度や表情の端々に、意地の悪い感情がチラつく事はあったが、いつの間に、お互い、無言の内に、揉め事は避けて、平和的に暮らそうと同意が、出来上がってた。

既に、僕は、揉め事を避ける振る舞いを、身に付けてた。
過去は忘れた振りして、礼節を持って、淡々と付き合った。

学校でも、里親の家でも、僕は、真面目に、大人しく、静かに、生きてた。

でも、時折、激しい衝動に駆られた。
自分でも理解出来ない、感情だから、言葉で説明するのは、難しい。
苛立ちと、怒り、不安、恐怖、色んな感情が、火の玉になって、腹の中で暴れ回り、突き上げるようだった。

僕は、太腿を掴んだり、引っ掻いて、衝動に耐えた。
発作的に、彫刻刃や鋏で刺したり、切ったり、した。
そうすると、不思議と、気持ちが落ち着く事に、気付いた。

僕は、病み付きに、なった。

過食嘔吐も、同じだった。
やると、気持ちが、落ち着いた。

自殺する気はなかったし、あてつける気も、なかった。
気持ちを落ち着かせたいから、やった。

良くない事と言う自覚は、あった。
いつも、罪悪感が、あった。

でも、気持ちを落ち着かせないと、激しい感情に突き上げられて、どうかなってしまいそうだった。